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<サタデーどうしん>「領土割譲禁止」碑に刻まれ

 島民が行き交う北方領土・国後島の中心地、古釜布(ユジノクリーリスク)の広場。台座にロシア国旗が描かれた、ひときわ目を引く記念碑には、こう刻まれていた。

 <ロシア領の割譲に向けた行為、呼び掛けを禁止する>

 1年前、国民投票で圧倒的支持を得て、7月4日に発効したロシア改正憲法。記念碑はその中に「領土割譲禁止」条項が盛り込まれたことを祝い設置された。それは皮肉にも安倍晋三前首相が在任中の領土問題解決を掲げ、日ロ関係強化にまい進した末の帰結だった。

国後島の古釜布中心部の広場にある「領土割譲禁止」条項の文言が刻まれた記念碑。島では近年、開発が進み、若い家族の姿が目立った
国後島の古釜布中心部の広場にある「領土割譲禁止」条項の文言が刻まれた記念碑。島では近年、開発が進み、若い家族の姿が目立った

ロシア国旗の色と紋章が描かれた台座に設置された記念碑(いずれもマリヤ・プロコフィエワ助手撮影)
ロシア国旗の色と紋章が描かれた台座に設置された記念碑(いずれもマリヤ・プロコフィエワ助手撮影)


 6月下旬、北海道新聞ユジノサハリンスク支局のマリヤ・プロコフィエワ助手が国後、色丹両島を訪れた。記念碑が設置された広場は、両島と歯舞群島を事実上管轄するサハリン州南クリール地区行政府の前にある。改正憲法の条項には領土割譲禁止の対象から「隣接国との国境画定作業は除く」ことが明記されたが、記念碑にこの文言はない。北方領土問題は解決済みと言わんばかりだ。

 「憲法改正後、島を引き渡す不安がなくなり、落ち着いて寝られるようになった。プーチン大統領に感謝している」。古釜布の教育センター長アリビナ・ダリンスカヤさん(63)は安堵(あんど)の表情を見せた。北方四島を「共存の島にする」と訴え、日ロ共同経済活動の検討を進めた安倍氏。だが、ダリンスカヤさんは「日ロ関係は良くなったけど、不安も募った」と語った。

 「安倍外交」への懸念は、1956年の日ソ共同宣言で平和条約締結後に日本への引き渡しが明記されている色丹島では、さらに大きかった。安倍氏は同宣言を交渉の基礎に位置付け、四島返還から事実上の2島返還にかじを切った。北部の斜古丹(マロクリーリスコエ)の運転手グリゴレンコさん(38)は「島を引き渡す可能性が高くなり、心配だった」と打ち明けた。

国後島の古釜布で完成間近のショッピングセンター(マリヤ・プロコフィエワ助手撮影)
国後島の古釜布で完成間近のショッピングセンター(マリヤ・プロコフィエワ助手撮影)

北方領土最大の総合企業「ギドロストロイ」が色丹島中部の穴澗(クラボザボツコエ)で運営する「ロシア最大規模」の水産加工工場(左)。港には専用の桟橋が整備された(マリヤ・プロコフィエワ助手撮影)
北方領土最大の総合企業「ギドロストロイ」が色丹島中部の穴澗(クラボザボツコエ)で運営する「ロシア最大規模」の水産加工工場(左)。港には専用の桟橋が整備された(マリヤ・プロコフィエワ助手撮影)


 憲法への領土割譲禁止の明記は、地元サハリン州の住民から声が上がる形で、改正案に追加された。昨年1月に州都ユジノサハリンスクで開かれた憲法改正に関する地方公聴会で、条項追加を提言した住民組織のウラジーミル・イコンニコフ代表(48)は「地元の意見を幅広く集めて政府の作業部会に伝えた。『最近、島に関する話題が多く、不安だから憲法で領土割譲を禁止してほしい』と要望があった」と振り返る。

 プーチン氏は、地元の不安を払拭(ふっしょく)させるかのように四島開発も急ぐ。インフラ整備が遅れる色丹島では「ロシア最大規模」の水産加工工場が稼働し、生活環境が一変した。従業員男性(35)は「高給で新築アパートも支給される。島で働き続けたい」と誇らしげだ。

上空から見た色丹島穴澗の市街地(マリヤ・プロコフィエワ助手撮影)
上空から見た色丹島穴澗の市街地(マリヤ・プロコフィエワ助手撮影)


 安倍氏の対ロ外交の末に残った「負のレガシー(遺産)」。それは領土の割譲禁止だけではなかった。(ユジノサハリンスク 仁科裕章)

【特設ページ】
消えた「四島返還」 安倍政権 日ロ交渉2800日を追う

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