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<書評>ぐるり

高橋久美子著

出会い、通り過ぎる19の物語
評 蓑田沙希(古本と肴マーブル」店主)

 本作は、音楽活動を経て作詞、エッセーや絵本の執筆など多彩な創作活動を行う著者の、初めての小説集である。収録された19の短編は、年齢や性別、そして人間かどうかさえも限定されない自由な登場人物たちが、何げないうちに、どこかで出会い通り過ぎていく世界を共有する物語である。

 とはいえ、彼や彼女らは、舞台装置の中にいて、あらかじめ出会うことが決められているわけではなく、日々少しずつどこかへ流動して生きているだけだ。だけ、といっては詮ないかもしれないが、私たちの暮らしだって、日々のつながりのひとつひとつが謎解きのように意味をもつものではない。登場人物たちは、おのおのでは自分がどんな人間か限定して生きている面もあるが、別の登場人物の視点と結びつくことで軽やかにひるがえされる。物語をつなげていくことで、人間が変化していくことを寛容する著者の覚悟のようなものを感じた。

 本書に収録された作品は、書き下ろしのほかは、2019年から翌年の春にかけて発表されたものが多いが、目を引くものに、2021年1月に発表された「星の歌」という一編がある。有名な音楽家をモチーフにした話だが、現在のコロナ禍を想起させる、閉塞(へいそく)感の漂う世界が描かれている。そして、この作品は、本書に収録された19の作品をレコードのA面とB面のように分けるとすれば、B面の一番目、後半のはじまりに置かれている。そして、そのあとには、人々が出会い、食べたり飲んだり話したりする物語が再び続いていく。

 物語はいつの時代であれ、そのときの解釈があるものだが、とりわけ今、本書のなかでこの作品が中心に据えられている意味は大きいように感じた。その「星の歌」に次のような一節がある。

 「どこにも行けないのに、どこにでも行けそうな気分だった。」

 まさしく、本書を読んでいると、そんな気分になった。私は私であり、また誰かであると、想像できる力を失わない限り続いていく日々。そんな世界に思いを寄せる時間が流れる一冊だろう。(筑摩書房 1540円)

<略歴>
たかはし・くみこ 1982年生まれ。ロックバンド「チャットモンチー」のドラマーを経て作家、詩人、作詞家。執筆のほか歌詞提供や翻訳なども続ける

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