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<書評>なぜ戦争体験を継承するのか

蘭信三、小倉康嗣、今野日出晴編

当事者と記憶共有 良心出会う
評 永田浩三(武蔵大学教授)

 あの戦争が終わって76年。社会の重心は、今や戦争体験者の子ではなく孫の世代に移っている。風化と忘却はもはや当たり前。当事者なき世界が目前に迫っている。

 では戦争の体験を継承することはどうすれば可能なのか。アウシュビッツ、沖縄戦、原爆、特攻隊、満蒙開拓、空襲、慰安婦問題、ビキニ事件など、各地の平和博物館や研究の最前線で格闘する人々の知見が勢ぞろい。500ページに及ぶこの大著は、戦争の記憶を共有するための多様な試みに深く分け入るなかで、未来に向けて思いもかけない地平が開けることを教えてくれる。

 なかでもスリリングなのは、編著者の小倉康嗣が研究する広島・基町高校の取り組みだ。生徒たちが被爆者からあの日の体験を聞き、忘れられない記憶を絵にするようになって14年になる。小倉は生徒と被爆者双方から丁寧な聞き取りを続けた。「核の廃絶」「平和の尊さ」。こうしたスローガンは陳腐化し、若者たちのこころに響かなかった。だが、絵に必死に向き合うなかで、生身の人間の声が聞こえ、苦しみや憤りが押し寄せてきた。「原爆の絵」を仕上げていくことは、体験を越えた協働作業だった。不思議なことに、被爆者のなかにはトラウマから解放される人もいたし、逆に若者たちは、トラウマを追体験することで、今の自分とつながる芽を内側に育てた。

 継承とはつまりはコミュニケーション。人と人との本気の出会いのなかで新しい意味が生まれること。体験者さえ扱いかねてきた記憶を再構築することだった。

 この本のすごいところは、戦争体験をどのように継承するかではなく、なぜ継承せねばならないのかを問おうしたことだ。

 当事者の体験を、非体験者が共有することは簡単ではない。沖縄戦を物語るガマ(洞窟)に入ってパニックを起こす若者もいる。だが両者のこころが重なる核のようなものがあるのではないか。編著者の今野日出晴は、それを「良心の場」と表現した。互いの良心が出会う。なぜ継承するかを問うことこそが、どう継承するかの答えかもしれない。ぜひ学生たちにも薦めたい。(みずき書林 7480円)

<略歴>
あららぎ・しんぞう 54年生まれ、上智大教授/おぐら・やすつぐ 68年生まれ、立教大教授/こんの・ひではる 58年生まれ、岩手大教授

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