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青っぱなの神さま

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貧しい開墾農民の子ノボルはものをねだることがない。背中に小さな妹を結(ゆわ)いつけているから他の子の遊びの輪にも入れない。玩具は器用な手先で作る竹とんぼだ。阿武隈山麓の開墾者として生きた吉野せいの「洟(はな)をたらした神」で、無情なしつけにも従う子に注ぐ母の視線には憐憫(れんびん)の情があふれる▼そんな6歳の子が初めて「ヨーヨーを買いたい」と二銭を欲しがる。応えてやれない母は「ヨーヨーなんてつまんねえぞう」と諭しながらも、貧乏と闘うだけの心の寒々しさを悔やむのだ▼家族の介護や世話をする子どもたち「ヤングケアラー」について、国が初めて行った調査の結果に驚いた。対象となった公立中学2年生の5・7%、全日制高校2年生の4・1%が家族の世話をしていた。20人前後に1人の割合となる▼気がかりなのは、その存在に目が届きにくいことだ。世話をする中高生の6割超が誰にも相談していなかった。同世代どころか社会からも孤立すれば、影響は学業や進路にとどまらない▼ノボルの母はヨーヨーを自作するわが子に救われるが、無理を強いる自責の念は拭い切れないのだろう。童謡「夕日」を口ずさむ子の姿に「重いカセを解き放される自由の日暮れを待ちわびているのかもしれない」と記す▼一人で背負う荷物は重かろう。きょうはこどもの日。声を上げることもかなわぬ子に手を貸すのは社会の役割である。2021・5・5

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