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<デジタル発>「小さなコミュニティー」への回帰 写真展に込めた思いとは― 奈良美智さんインタビュー

 世界的な美術家奈良美智さん(61)の写真展「Though no one may notice, the world knows all that you have seen.」(誰も気がつかないかもしれないけど、君がずっと見てきたことを、ちゃんと知っているよ。)が、4月29日から札幌市と小樽市の雑貨店、飲食店、美容室など13店で開かれている。美術館やギャラリーではなく、個性的な店が会場。そんな展覧会にたどり着いた背景には、奈良さんと北海道の人たちとの交流、そしてアーティストとしての苦悩、自由を渇望する生き方や社会との関わりがあった。その率直な思いを、2時間近いロングインタビューで語った。(文/報道センター 門馬羊次、写真/写真部 金本綾子)

 なら・よしとも 1959年、青森県弘前市生まれ。愛知県立芸大大学院修士課程修了。ドイツの国立デュッセルドルフ芸術アカデミーで学んだ後、ケルンを拠点に活動し、2000年に帰国。こちらを見つめ返すように心に残る人物を描く絵画やドローイング、そして立体作品で知られ、作品は国内外の有名美術館に所蔵されている。現在は栃木県が拠点。5年ほど前から胆振管内白老町の旧飛生小学校で森づくりや芸術祭などを展開する飛生アートコミュニティーへの参加や、様々な場所で出会った人々に向けトークショーを行うなど北海道でも独自の活動を展開している。

 写真展は参加店の営業日や営業時間内で5月9日まで。観覧無料(飲食店の場合は1オーダーが必要)。詳しくは写真展の特設サイトへ。

■展示は対話から

 ――写真展に参加した13店全てを回って展示作業をしたそうですが、どのような展示構成を意識したのですか。

 お店の雰囲気に合わせて作品を選ぶこともあれば、店側から写真のリクエストもありました。変わった人たちもいて、なぜか廃虚の写真を選んだり、「北欧雑貨ピッコリーナ」(札幌市中央区南1西1)さんは、2002年にアフガニスタンを旅した時の写真がリクエストだったり。まず要望を第一に考えて、あとは、この店にはこの作品が合うみたいな感じの決め方でした。ヘアサロンの「マクロ」(札幌市中央区南3西1)さんでは、ギャラリーのように作品を鑑賞できるよう並べましたし、小樽の雑貨店「ビブレ サ ヴィ+ミーユ」(小樽市色内2)さんは、小樽の歴史的建造物で築100年以上の建物です。空いてる空間をギャラリーのように使おうと思って、特別に壁を立てて色を塗って、そこに作品を展示しました。

 ――13店それぞれ個性的な店ですね。

 何年か北海道に通っているうちに、なんとなく交流があったお店もあれば、全く初めて会った人たちもいるんですけど、青森県弘前市で2006年に開かれた僕の展覧会を見に来てくれた人もいて。今回の写真展を開くきっかけとなった「カスタネット」(札幌市中央区大通西17)という雑貨店の那須純子さんが最初に参加するお店を選んでくれて、その店舗の下見もして、これはできるなと思ったんです。

雑貨店や絵本店が入居する「庭ビル」(札幌市中央区大通西17)の展示。愛らしい犬や素朴な風景を切り取った写真が、店内の雰囲気に溶け込んでいる
雑貨店や絵本店が入居する「庭ビル」(札幌市中央区大通西17)の展示。愛らしい犬や素朴な風景を切り取った写真が、店内の雰囲気に溶け込んでいる


 ――奈良さんの個展なら美術館やギャラリーでも引く手あまただと思いますが。

 大きな場所で開くことが、すごく嫌だっていう思いがあるんです。オーガナイズ(組織された)されたものに乗っかるってことが。いつの間にか自分の作品が知られ、いろんなところから展覧会のオファー(申し込み)が来るようになると、逆に自分がやりたかったのは、そういうことじゃないってことが分かってきて。人とつながり合いながら展覧会を開いていた本当に駆け出しの頃のようなことを続けたかったはずなのに。何でか知らないけれど、作品が高価になって、投資のために売られたり、買われたり。全然違う世界に来ちゃったという感じがすごくあって、多分、そういうことから無意識に抜け出したいというか、逃げたいってのがあったんだと思います。それで、旅をしたり白老町の飛生(とびう)に来たりとかして。北海道にも5年くらい通っているうちに、出会った那須さんから「展示をしたい」という声が掛かったんです。

 ――それから何年も掛けてコミュニケーションを重ねながら、今回の写真展が作られてきたんですね。

 そうですね。例えば、展覧会の企画が美術館のような大きな組織から声が掛かった場合、その人たちは本当に好きで企画するのではなく、ただ次の展覧会を持ってくるため、と思うこともあるんです。職業として展覧会を構成していくということがあるじゃないですか。人間って単純というか、自分が単純だから、「やりたいからやってくれる」と思って、だから「俺も頑張ろう」となるんだけど、実はそうじゃないっていうことが分かってきて。じゃあ「本当にやりたい人たちってどこにいるんだろう」と。そういう大きな組織ではなく、あちこちに散らばっているのかなという思いがあったんですね。

 (創作活動は)仕事じゃないんですよ。自分がただ好きで、寝食忘れてやるような。誰かが作品を欲しいとか、誰かが人に見せたいとか、誰かが展覧会やりましょうとなって、今の状況になっている。でも、最初から大きな美術館での展覧会を目標としている作家ではないから、今の自分の状況に違和感があって。自分の目標というか、やりたかったことは、ただ毎日絵を描けたり、旅したり、好きな時に映画館に行ったり、そういう時間があればよかったんです。それが、いつの間にか絵を描いたら展覧会をするようになって、絵が欲しいという人が現れて、ギャラリーの人が来て「何かやりましょう」となって。最初は良い絵がたまってから展示するという流れがあったのですが、いつの間にか変わってしまって。良い絵がなくてもやらなきゃいけなくなってくる。すると、良い絵を「描かなくちゃいけない」と。苦しいんですよね。それは職業になっていくからなんです。だから、自分のペースに合わせてほしいと言うようになりました。失うものは何もないから、駆け出しの頃の状態でいい。自分の一番の欲望は、本当に自由でいたい。バイトしながら絵を描いていた時は一番自由だったんです。

■アルバムのような写真

 ――「自分らしいペース」という意味では、今回の写真展は札幌の雑貨店の那須さんと5年ほど前に出会って、長い時間を掛けて作り上げてきたんですね。

 那須さんも最初はいろいろな会場を探してきてくれたんですが、自分がやりたいのは、美術を見せる特別な場所ではなく、学園都市の学生街で行われるような展示をしたかった。そのうち那須さんから今回のお店で展示するという提案があって、それは面白そうと思って。お店には、いつも誰かが来ていますよね。その常連の人たちが(作品が展示されることで)ちょっと違うお店の雰囲気を見てくれるっていうのがいいなと。宣伝して、たくさんお客さんが来るのではなく、常連同士の会話につながるくらいがいいなと思ったんです。

 ――今回の写真展のタイトル「Though no one may notice, the world knows all that you have seen.」(誰も気がつかないかもしれないけど、君がずっと見てきたことを、ちゃんと知っているよ。)には、どんな思いを込めたのですか。

 展覧会をやるために撮った写真は1枚もない。自分のアルバムにあるような写真がごちゃ混ぜになっていて、そういう意味のタイトルだと思います。日常的な積み重ねで、しかも人に見せるための写真ではない。では、なぜ撮るとのかというと、誰かが見てくれているっていう気持ちがあるんです。その誰かっていうのは、多分目に見えない。神様でもないけど、目に見えない大きな…、宗教じみてるね(笑)。でも、見えない大きな意思みたいなものにせかされて、自分は「もの」を作ってる感じがあるんです。例えば誰も歩いていない道路にごみが落ちていて、ごみを拾って家のごみ箱に捨てる。誰も見てないじゃないですか。でも、ごみを拾う人はいるわけで、そういう気持ちと自分が写真を撮ることは似てるのかな。必要とされていないと思うんだけど、シャッターを押してしまうみたいな。

 ――奈良さんの絵には、正対した人物が印象的なまなざしを向ける作品が数多くありますが、写真でもカメラを真っすぐ見つめる人たちが写し出された作品がいくつもありました。

ソファに飾られた「真っすぐカメラを見つめる構図」が印象的な1枚=庭ビル
ソファに飾られた「真っすぐカメラを見つめる構図」が印象的な1枚=庭ビル


 それはたまたま相手がそうしてしまうからです。自分から(被写体に)向かっていくことがないんです。だから来るのを待っています。猫が来るのを待ったり、子どもが来るのを待ったり。誰かとお話しして、なんとなく撮っちゃったり。だから家族アルバムみたいな感じに近いかも。以前、川内倫子(かわうち・りんこ)さんという写真家と旅をしたことがあるんですが、彼女は本当にスーッとプライベートな空間に入り込んでいくんですよ。自分は全くそれができない。その時、悔しくて夜に泣いたんです。これがプロなんだなと思って。

 ――奈良さんの写真もその空間に入り込んでいる感覚が伝わってきますが。

 自分は小さな世界を大切に見ることができると思います。コミュニケーションが上手な人は、みんなを笑顔にして写真を撮ることができます。でも、自分はコミュニケーションが下手なので、近づいて来る人は多分いい人なんです。

 ――いい人?

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