PR
PR

<書評>路傍の反骨、歌の始まり

姜信子×中川五郎 往復書簡

権力や理不尽さに怒る2人の握手
評 沢知恵(歌手)

 歌、語り、声、詩、祈り、旅、場。ともに文章の達人でありながら、これらがもつ圧倒的なリアリティーを体験的に知っている2人の表現者が交わした手紙形式のエッセーです。熊本地震直後の2016年からコロナ禍の20年まで、詩人・末森英機のホームページに連載されたものに書き下ろしが加えられ、本になりました。

 まるでテニス四大大会の決勝戦を見ているようなスリルを味わいました。熱量こもる「私」のことばでバシバシとサービス・エースをたたきこむ姜信子に対し、歴史を語りながら巧みにレシーブを返す中川五郎。

 熊本で約20年暮らした姜は、自らを〈声や語りや言葉や歌に憑(つ)かれて追いつづける物書き〉としたうえで、生涯にわたって水俣病を描いた石牟礼道子にならい、もだえます。〈気づいてしまったならば、そこに沈黙があると、空白があると、声をあげねばならない、語らねばならない、歌わねばならない、沈黙を語り継ぐために旅に出なければならない。ね、五郎さん、そうじゃないですか?〉

 煽(あお)られるかたちで中川は、影響を受けたウディ・ガスリー、ピート・シーガー、ボブ・ディランらフォーク・シンガーの系譜に自らを位置づけ、「バラッド歌い」になった経緯を語ります。〈「感情を表現する」叙情詩と「歴史的事件」を綴(つづ)る叙事詩を重ね合わせた〉物語を〈文字ではなく声、活字ではなく響き、声の調子やそれに寄り添う、あるいはその支えとなる楽器の音色やリズム〉によって表現したいと。それは姜が引いた詩人・小野十三郎の〈リズムは批評である〉に呼応します。

 権力や理不尽さに怒り、抗(あらが)い、声なき声に耳を傾けてきた2人は、最後はネット越しに笑顔で同志愛の握手をかたく交わしているかのよう。コロナ禍で奪われた声の場。しかし、それはかえって、人間が本質的にもつ「対話」への渇望を再認識させる機会になりました。何をどこでだれとどのように分かち合うか。日常において、文化・芸術表現において問われているいま、この本は多くのヒントと勇気を与えてくれることでしょう。(港の人 1980円)

<略歴>
きょう・のぶこ 1961年生まれ。作家。著書に「ごく普通の在日韓国人」など
なかがわ・ごろう 1949年生まれ。フォーク歌手、翻訳家

PR
ページの先頭へ戻る