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<核のごみどこへ 揺らぐ民主主義>1 住民は「蚊帳の外」 公約なしで重大決定

 2018年4月4日夜、後志管内寿都町の片岡春雄町長(72)は町中心街の地区会館「大磯会館」で、漁協や観光協会など町内の産業5団体の代表らと向き合っていた。人口減少に伴う後継者不足など町の課題をひとしきり話し合った後、町長はおもむろに切り出した。「核のごみの処分場の調査というのがある。国から相当な金が入る」


 原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定に向けた文献調査に応募したら、町民はどう受け止めるか―。探りを入れた町長に参加者の1人が怒声を浴びせた。「そんなのはダメだ。もっとまともな金を持ってこい」。議論はこれで終わったはずだった。

 だが1年後、町長は調査に反対した団体代表の交代を待っていたかのように、エネルギー施策の勉強会を開始。地滑り被害が出た18年9月の胆振東部地震を受け、町内の地盤調査に使える財源を探したら核のごみの調査を知ったという「それらしい理由」(関係者)を持ち出し、ひそかに調査応募の準備を加速させた。

 「町民に伺いを立てると面倒だ」と、一握りの関係者だけで議論してきた調査応募の動きが報道で表面化したのは昨年8月。その後も町長は「肌感覚では過半数の住民が賛成している」と、住民投票による「民意」の確認は不要との立場を崩さず、同年10月の調査応募へと突き進んだ。

 3月8日。「『みんなでつくろう寿の都』をスローガンに住みよいまちづくりに引き続き全力を尽くす」。町長は今秋の町長選で6選を目指すと表明した。住民が選んだ首長が、この言葉と裏腹に民意を「蚊帳の外」に置いたまま、町の将来を左右する重大案件を突き進めたら、地方自治はどこへ向かうのか。

 宗谷管内幌延町で核のごみの処分技術を研究している日本原子力研究開発機構の深地層研究センター。当初は核のごみを持ち込む研究施設として計画されたが、1998年に国と機構が断念するまで14年、核を持ち込まないセンター建設計画に転じ、2000年に当時の堀達也知事(85)が同意するまで2年と、決着まで16年の歳月を要した。

 事態が膠着(こうちゃく)していた95年に初当選した堀氏は、計画撤回を求める一方、核のごみを持ち込まない研究施設なら受け入れを検討する公約を掲げた。選挙で支援を受けた革新系労組と道議会多数派の自民党の双方の顔を立てる折衷案だったが、国と機構が98年、核抜き施設の計画に転じると、堀氏は直ちに関係部局による検討委員会を設置。16回の会合で国や機構から計画の詳細を聞き取り、反対派団体との意見交換も重ねた。

■反対派も評価

 さらに4回の有識者懇談会を経て幌延町など9カ所で住民説明会を開催。堀氏は00年10月の道議会で、核抜き条例の制定とセットで建設受け入れを表明した。

 当時、反対派は「計画受け入れが前提だ」と批判したが、その先頭に立った上田文雄前札幌市長(72)は「全道的な議論を経て条例を制定した」と評価する。堀氏も「前例のない話だったので、道民の意見を丁寧に聞かなければいけないと思った」と振り返る。

■村長がけん引

 後志管内寿都町のエネルギー勉強会を追うように、19年末、神恵内村商工会も一部会員だけで原子力発電環境整備機構(NUMO)を招いた勉強会を始めた。

 伏線はあった。勉強会を主導した村商工会幹部は12年前の07年、高橋昌幸村長(71)から打診を受けた。「経済産業省に行って核のごみの処分場の調査を誘致できないか聞いてきてほしい」。幹部が経産省から聞いた説明を商工会理事会で話すと「子どもたちのことを考えると無理だ」と慎重論が相次いだが、村長は直後にも「泊原発が立地する自治体として恩恵を受け、核のごみを出している以上、処分場も誘致したい」と周囲に漏らしたという。

 商工会が核ごみ調査の封印を解いたのは寿都町の動きを察知した村長の後押しがあったとされ、昨年9月、多くの村民が知らないまま、文献調査の受け入れを村議会に請願した。

 昨年10月、寿都町の片岡春雄町長が上京して自ら調査に応募したのと対照的に、国の申し入れに応じる形で調査を受諾した高橋村長は「議会の請願採択と国の申し入れを総合的に判断した」と受け身の姿勢を強調した。だが、自ら処分場誘致を目指してきたことは今も村民に説明していない。

■スピード決着

 地域で問題が表面化してわずか数カ月のスピード決着。それぞれ20年近い実績のある首長の下で悲願の調査入りを果たした経産省幹部は「首長に力がなければ無理だった」と打ち明け、こうも強調する。「直近に選挙がなかったのが大きい。力のある首長でも選挙で争点となればやりにくい」

 ただ、選挙で選ばれた首長とはいえ、地域の将来を左右する重大案件まで白紙委任されたのだろうか。

 96年、地域を二分した原発建設を住民投票で問い、計画撤回に導いた新潟県巻町(現新潟市)の元町長笹口孝明氏(73)は「選挙で争点になったことのない重大問題を、俺が住民に代わって決めてやるというのは尊大だ」と指摘する。

 寿都町も神恵内村も調査が次の段階に進む際は住民投票で問う方針だが、地元では「地域は分断され、取り返しがつかなくなった」との声も漏れる。「住民不在」の決定が地域の将来にどう影響するかは見えない。


 核のごみの処分問題は国と地方の関係や地方自治に関するさまざまな問題をあぶり出した。6回の連載で検証する。

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