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<書評>福島モノローグ

いとうせいこう著 

大震災10年 胸を打つ「生」の声
評 辻山良雄(書店店主)

 本書で、作者のいとうせいこうさんはほとんど表に登場しない。代わりにあるのは、福島に生きる人たちの〈声〉〈声〉〈声〉。東日本大震災後、いとうさんは「想像ラジオ」で死者と生者が一体となった世界を書いたが、今度は自らが「集音器」となり、その地に満ちている多くの声を拾い集めた。そのごろりとした声の〈生(なま)〉な迫力が、胸を打つ。

 福島に満ちている声は一つに集約できるものではない。それぞれの人には家族や仕事があり、いずれも悩みぬいた末に自らの選択を行っている。避難区域にとり残された、震災から生き残った牛たちを助けようと奮闘する女性、子どもを授かり一度は別の土地に避難したが、いつ福島に戻ればよいのか逡巡(しゅんじゅん)する母親たち、行方不明だった父親の死を知った女性に起きた、ある不思議な体験…。読み進めるうち、個別の数えきれない人生の一つ一つが、この世界をつくっているのだと思い知らされる。それは決して数字や要約されたフレーズなどに、置き換え可能なものではない。

 津波の被害とは異なり、福島で起きた原子力発電所の事故には人災の側面が強い。人が原因となった大きな傷は分断を生み、しこりとなっていまも残っている(たとえば「母親である」という立場は同じでも、放射能に対する考え方は千差万別であるように)。そしてその傷は、どこに住んでいたとしても人ごとでは決してない。足尾や水俣、そして福島と、近代以降の経済と引き換えにわれわれが見ないようにしてきたものが、そこに噴出しているのだから。

 「今も行き場のない嘆きみたいなことを、この人はすごく話したいんだろうなという感じとか、時間が経(た)てば人はそれなりに忘れるだろうとは思うんですけど、まだそれは福島にあるんです」

 本書に登場する現在浪江町で農業に従事している女性の言葉だ。震災後10年が経ったが、無念や悲しみといった感情が消えることはない。その声ならぬ声があるうちは、まだ復興したとはいえないのである。(河出書房新社 1870円)

<略歴>
1961年生まれ。編集者を経て、音楽やテレビなどで活躍。88年「ノーライフキング」で作家デビュー。2013年「想像ラジオ」で芥川賞候補、野間文芸新人賞

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