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<みなぶん>古関裕而作曲、幻の球団歌「東映フライヤーズの歌」の謎 (上)

 「古関裕而さん(1909~89年)が作曲した東映フライヤーズの球団歌って、どんな歌か、知りたいので調べてください」。昨夏、兵庫県の男性から「みなぶん特報班」に1通のメールが届いた。「東映フライヤーズ」とは、現在のプロ野球北海道日本ハムファイターズのルーツとなった球団。一方、古関は、昨年放送されたNHK連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルで、数々の名曲を世に送り出した作曲家だ。早速、取材に着手したが、歌詞も、メロディーも、作詞者も、手がかりが見つからない。本当に存在したのか。半信半疑のまま、「幻の球団歌」を追い求める取材が始まった-。(文/報道センター・伊藤駿)

「東映フライヤーズの歌」の楽譜と歌詞(著作権保護のため、写真を一部加工しています)=福島市の古関裕而記念館
「東映フライヤーズの歌」の楽譜と歌詞(著作権保護のため、写真を一部加工しています)=福島市の古関裕而記念館

■誰も知らない

 取材をリクエストした男性は、全国の自治体歌を研究している著述家の橋岡昌幸さん(45)=兵庫県伊丹市在住=。古関の自伝やCDアルバムのブックレットに「東映フライヤーズの球団歌も作曲した」と書かれていて、その存在を知った。

 興味を持ち、1950年代に東映の本拠地だった「駒沢野球場」の地元に当たる東京・世田谷区の図書館と、野球に関する資料を集めている「野球殿堂博物館」(東京・文京区)に問い合わせた。だが、楽譜などの資料は見つからなかったという。

東映フライヤーズ 1945年に「セネタース」として発足。46年12月に東京急行電鉄が買収し、47年に「東急フライヤーズ」となった。48年に大映との共同経営で「急映フライヤーズ」に改称したが、その年末に再び「東急」に。54年に経営が東映に移り、「東映フライヤーズ」となった。61年に元読売巨人軍の水原茂氏を監督に迎え、62年に初のリーグ優勝で日本シリーズも制し、日本一に輝く。73年1月に不動産会社の日拓ホームに売却され、「日拓ホームフライヤーズ」となったが、約10カ月後に日本ハムが買収。「フライヤーズ」の愛称も「ファイターズ」へ変わった。2004年、本拠地を北海道に移転し、「北海道日本ハムファイターズ」となった。


 「歌詞や作詞者、いつ、どんな経緯で作られたか、何も分かりませんでした。もし、楽譜が見つかれば、実際に聴いてみたいです」(橋岡さん)

 まず、橋岡さんに教えてもらった古関の自伝「鐘よ鳴り響け」(日本図書センター)を確認してみた。すると、確かに、巻末の作品リストに「東映フライヤーズの歌」という記述がある。

 北海道新聞の過去の記事を調べたが、見当たらない。さらに、札幌市中央図書館(札幌市中央区)や北海道立図書館(江別市)で当時の野球雑誌や関連図書を調べたり、国立国会図書館(東京)の遠隔複写サービスを活用したりしたが、手がかりは見つからなかった。

 そこで、日ハムの球団広報に問い合わせてみた。だが、回答はこうだった。

 「50年以上前のことなので、資料は残っていません」

 北海道内の日ハムファンで私設応援組織「日本ハムファイターズ応援作戦会議」代表の長谷川裕詞さん(51)や、「フライヤーズ」のさらに前身の「セネタース」時代からのファンという胆振管内豊浦町在住の元教員高橋澄久さん(84)にも尋ねたが、「応援歌があったとは知らなかった」。

 そんな中、東映フライヤーズに外野手として1957~66年に9年間在籍していた島田雄二さん(86)が、埼玉県久喜市に在住だと分かった。この人なら、きっと。いちるの望みを託し、電話した。すると-。

 「聞いたことないんですよね。僕より年配の人や球団のマネジャーなら知っているかもしれないけど…」

 球団歌の存在すら、知らなかった。その後、当時一緒にプレーをしたチームメートにも聞いてくれたが、誰も知らなかったという。

 「本当に、幻なのか…」。不安が膨らむ。

■経営権、転々と

 「日本のプロ野球では、球団名に親会社の名称が使われます。球団歌は、ダイエーからソフトバンクに経営が移った際にファンの嘆願などで存続されたケースもありますが、基本的には球団の所有権が変われば、球団歌やユニホームは引き継がれません」

 「野球文化学会」会長で、野球史に詳しい名城大学(名古屋市)の鈴村裕輔准教授(文化史)は、こう解説する。

 日ハムは2017年、フライヤーズ時代のユニホームを復刻し、来場者にプレゼントしたことがある。鈴村准教授は「最近は球界全体で歴史を尊重しようという雰囲気が定着しています。ただ、フライヤーズの球団歌は、残念ながら私も聞いたことがありません。1970年代に経営権が3回変わったこともあり、楽譜も散逸したのではないでしょうか」と推測する。

 万策尽きたか-。

東映フライヤーズ時代の復刻ユニフォームでプレーする北海道日本ハムファイターズの選手たち=2017年6月24日、札幌市の札幌ドーム(村本典之撮影)
東映フライヤーズ時代の復刻ユニフォームでプレーする北海道日本ハムファイターズの選手たち=2017年6月24日、札幌市の札幌ドーム(村本典之撮影)

(年齢・肩書は掲載時)

※(下)は1月25日に配信します。

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