PR
PR

<みなぶん>朝ドラ「エール」の風俗考証を担当 日大の刑部芳則准教授に聞く

 野球を始め、数多くのスポーツ音楽を手掛けた作曲家の古関裕而。なぜ、彼のもとに野球やスポーツに関する曲の依頼が相次いだのか。NHK朝の連続テレビ小説「エール」(2020年放映)で風俗考証を担当し、「古関裕而―流行作曲家と激動の昭和」(中公新書)の著書もある日本大学の刑部芳則准教授(日本近代史)に、野球やスポーツと古関の関係について聞いた。

JR福島駅前に設置されているハモンドオルガンを弾く古関裕而のモニュメント。古関の代表曲が30分ごとに流れる=福島市(伊藤駿撮影)
JR福島駅前に設置されているハモンドオルガンを弾く古関裕而のモニュメント。古関の代表曲が30分ごとに流れる=福島市(伊藤駿撮影)

■「忘却こそ創作の泉」

 ――1931年(昭和6年)に早稲田大の応援歌「紺碧(こんぺき)の空」を作曲しました。

 刑部さん 「紺碧の空」の存在は大きいと思います。戦前は東京六大学野球の中でも早慶戦は最も人気でした。この歌は、慶応大の応援歌「若き血」に対抗するため、早大の応援部が古関さんに作曲を依頼しました。その出来が良かったんですよ。古関さんは「忘却こそ創作の泉」と言っています。一つ一つ曲を覚えていては、新しいものは作れないってことです。でも、この曲は終生忘れなかったと思いますよ。職業作曲家として歩み始めたばかりでしたから。早稲田の人とは、昭和50年代に一緒に旅行へ行くなど交流が続いていました。

 ――その後、数多く「野球」に関係する曲を手掛けています。

 刑部さん 私が数えた限り、野球関連だけで50曲はありますね。戦前は「日米野球行進曲」や「大阪タイガースの歌」、戦後は「ドラゴンズの歌」。そして、最も有名な曲と言っても過言ではない「栄冠は君に輝く」です。早大のライバル、慶応からも依頼を受け、応援歌「我(われ)ぞ覇者」や、早慶両校が一緒に歌う「早慶賛歌-花の早慶戦-」も作りました。社会人野球の応援歌もあります。これには理由があります。コロムビアに作曲依頼があった際、実績がある古関さんにお願いしよう-。こういう流れができていたんでしょう。

 ――野球以外のスポーツ音楽もあります。

 刑部さん 最高峰は1964年の東京五輪の入場行進曲「オリンピック・マーチ」です。やはり、古関さんのスポーツ音楽が魅力的だったのでしょう。ライバルの早稲田に対抗して、慶応も作曲を依頼したように、古関さんの楽曲を持つ団体に勝つには、古関さんに依頼するしかない。つまり、古関さんのライバルは「古関さん」なんです。


【関連記事】
<みなぶん>古関裕而作曲、幻の球団歌「東映フライヤーズの歌」 楽譜と歌詞、故郷の福島に
<みなぶん>「東映フライヤーズの歌」 実際に歌ってもらったら-
<みなぶん>古関裕而作曲、幻の球団歌「東映フライヤーズの歌」の謎 (上)

残り:1173文字/全文:2206文字
全文はログインすると読めます。
ログインには、電子版会員かパスポート(無料)の申し込みが必要です。
PR
ページの先頭へ戻る