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<北海道 移住者たちの選択>4 ニセコの隣町、伸び代にかけた元国家公務員

 北海道へ移住した人たちの選択と決断の舞台裏を探るシリーズ<北海道 移住者たちの選択>。ニセコ編の4回目は、ニセコ地域の隣町に移り住んだ「元国家公務員」の物語です。(文・写真/倶知安支局 宇野沢晋一郎)

蘭越町に移り住んだ「元国家公務員」の土田元気さん。町のマスコットと一緒に=2020年12月18日
蘭越町に移り住んだ「元国家公務員」の土田元気さん。町のマスコットと一緒に=2020年12月18日

■移住者が「移住支援」

 国際リゾートとして世界に名を知られるようになったニセコ地域。「ニセコ町」(後志管内)の名前は知られていても、同じ地域にある隣町は決して全国的な知名度があるとはいえない。

 後志管内蘭越(らんこし)町。最近でこそ「らんこし米」をブランド化し、道内での知名度は高まってきたはずだが、東京ではほぼ無名の町だ。都市から地方への定住を目指す「地域おこし協力隊」も、ニセコ町には23人いるのに対し、蘭越町はたったの1人。

 今年4月、その1人として東京から移住してきたのが土田元気さん(38)だ。

 自らも「移住したばかり」だが、あえて協力隊として選んだ仕事は「移住支援」だった。「東京から移住を決めた自分だからこそ、移住者の不安や気持ちが分かるのでは」

 移住希望者とオンライン会議システム「Zoom(ズーム)」で結び、リモートで町への移住相談を受けている。自らが移住者だからこその経験が生きる仕事に就いてから8カ月余り。既に相談に携わった6組が蘭越町内への移住を決めた実績も生まれ始めている。

蘭越町役場に勤務する土田元気さん=2020年12月10日
蘭越町役場に勤務する土田元気さん=2020年12月10日


 役場で同僚と机を並べて仕事をする姿は、何年も前からそこにいた正職員のようだ。それもそのはず、前職を聞いて納得した。「国家公務員」。3月31日まで、東京・霞が関で国土交通省航空局に勤務し、蘭越に移住する直前までパイロットの健康診断の制度づくりを担っていた。

 安定職の代名詞でもある「国家公務員」の職を辞して、なぜ、蘭越に移住したのか。面白い回答が返ってきた。「ニセコの隣、立地がいいんですよ。伸び代がありそうじゃないですか」


 蘭越町の人口は、最近20年で26%減少している。典型的な道内の過疎の町だ。その町に将来を感じて移住した元国家公務員。彼の選択の訳をもう少し聞きたくなった。

■冬こそ、「空き家探し」

 「土田は現在、外勤中です」

 11月ごろから役場に電話をかけても、なかなか土田さんにつながらなくなった。リモートで移住支援をしているはずが、外勤とは。移住者探しに自ら動き回っているのか?

 雪が降り始めてから、土田さんは町内の集落を細かく回る作業に仕事のウエートを移していた。冬は移住希望者の面談が少ないことだけが理由ではない。移住の最大のハードルが、町内の住宅不足にあることが分かってきたからだ。

 人口減少の続く蘭越町だが、町中心部にある民間の賃貸アパートは、ほぼ満室状態が続いている。公営住宅は入居の条件に所得制限があり、移住希望者の中には入れない人も多い。「ここなら住んでもいいなと思える住宅がないと、移住は決断してもらえません」。だから、自ら町内全域で、移住者が住むことの可能な空き家探しに乗り出したのだ。

 12月10日。土田さんが日本海に面した蘭越町港地区へ空き家を探しに行くという。そこで、同行させてもらった。

(年齢・肩書は掲載当時)

=シリーズ第5回は1月5日に配信します

■シリーズ<北海道 移住者たちの選択>
 北海道に移り住んだ人たちが、移住前に何を思い、葛藤し、どんな希望を持って「北海道」を選んだのか、その一端を紙面で紹介しつつ、決断の舞台裏を電子版で詳しくお伝えします。
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 記事の一部は、多言語サイト「The Hokkaido Shimbun Press」で、5言語(英語、中国語=繁体、簡体=、韓国語、タイ語)に翻訳し、随時、配信します。
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