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<デジタル発>胆振東部地震 富里浄水場再開までの2年
画像データ処理などのコンテンツ制作は、酪農学園大(江別)教授の金子正美さん、同大農業環境情報サービスセンターの小野貴司さん、地図情報システム開発の「MIERUNE(ミエルネ)」(札幌)の古川泰人さんらに協力してもらいました。
■高さ60メートルの裏山が崩落
厚真町中心部から北東に約6キロ。山沿いの住宅が土砂に巻き込まれ、19人が亡くなった吉野地区。その隣の富里地区に富里浄水場がある。
8月下旬、富里浄水場を訪れると、裏山の斜面に張り巡らされた格子模様が目に入った。崩落防止用のコンクリート製の型枠だった。地震から間もなく2年。今も地盤を安定させる工事は続いており、被害の大きさを実感させられる。
「ようやく本来の姿に戻り、ほっとしています」
浄水場を管理する受託業者の酒井精司さん(62)が語った。元厚真町職員の酒井さんは、町の担当者として、富里浄水場の整備に道筋を付け、18年3月の定年退職後も民間企業の立場で管理を担っている。
「本来の姿」を失った18年9月6日午前3時すぎ。真新しい浄水場は、地震で土砂にのみ込まれた。浄水場北側の裏山が高さ約60メートル、幅約720メートルにわたって崩れ落ちた。
午前7時ごろ、浄水場までたどり着いた酒井さんは、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くした。高さ16メートルの配水塔は、最大10メートル付近まで土に埋まった跡があり、塔に上るための階段は倒壊。2階建ての浄水施設は、屋上にまで土砂が残っていた。
「この目で見ても信じられなかった」
町内全域をカバーする浄水場が機能不全に陥った。町は、給水を停止していた別の浄水場を再稼働させるなどの対応を取ったが、各地の水道管も損壊し、町内の断水は最長1カ月にも及んだ。水道施設がどれほど重要なインフラなのか、町民が痛感した。
■待望の浄水場
「水の安定供給が町の懸案で、待望の施設だった」。酒井さんは富里浄水場を新設した経緯を振り返る。
厚真町と苫小牧市にまたがる苫小牧東港は、国際貨物の取り扱いが増えるなど、船舶への給水の増加が見込まれていた。
治水や農業用水の確保などを目的に、厚真川上流に厚幌(あっぽろ)ダムが建設されたことを受け、水道の安定供給も可能になり、18年8月のダムの利用開始に合わせて、町内2カ所の浄水場を統合。厚真川上流部に富里浄水場を整備した。町内全域をカバーし、約2千戸の給水を担うインフラに、町は総事業費65億円を投じた。
18年8月8日に施設が本格稼働。給水エリアを町内全域に拡大させている途中に、巨大地震に見舞われた。
■復旧工事、膨大な時間と費用
施設は土砂や流木に埋め尽くされたが、幸運にも建物自体の損壊はほとんどなかった。町は浄水場を再稼働させる復旧工事に着手した。施設周辺の大量の土砂や流木の除去に時間が掛かり、地震から1年が過ぎても撤去しきれなかった。配水塔の地下に設置されたポンプや配管の交換なども行い、復旧工事に約8億円を要した。
さらに道が、裏山の崩落を防ぐための工事にも着手。23億円を投じた治山工事は現在も続いていて、来年3月までに終える予定という。
膨大な費用と時間を要しながら、今年7月23日、富里浄水場は約2年ぶりに給水を再開した。町内の地震被害の象徴的な公共施設だった浄水場の再稼働は、復興に向けた確かな一歩ともいえる。
酒井さんは言う。
「町民から富里浄水場がいつ稼働するのかと、たびたび聞かれてきた。蛇口をひねれば水が出るのは当たり前。再稼働したことで、その使命を果たせたと感じている。これからもしっかりと維持していきたい」
地震により、浄水場の水を各戸に送る水道管の破断も多かったことから町は2021年度まで順次、水道管の耐震化を進めている。町建設課は「災害時も安定して水を供給できるように対策を講じていきたい」と話している。
文/佐藤圭史(報道センター)
写真・動画/野沢俊介、小川正成(写真部)、畠中直樹(デジタル編集委員)