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<夕刊コラム まど 戦後75年>モニュメント

 朝から厚い雲に覆われ、昼すぎには雨が降り始めた7月2日の釧路市。栄町平和公園では釧路北ロータリークラブの会員6人が、雨にぬれながら平和モニュメントの清掃に汗を流した。同市阿寒町で建設業を営む☆田(さくた)武さん(56)も、その1人だ。

 75年前の7月14日も、昼に雨が降るどんよりとした空模様だったという。早朝から翌15日にかけ、約200人が犠牲になったとされる釧路空襲。公園は焼け野原の跡地に造られ、モニュメントは戦争の記憶を継承するためにと、市民の寄付を受け1995年に建てられた。

 ☆田さんは約30年前に旅行で鹿児島県を訪れた際、特攻隊の出撃基地のあった知覧(ちらん)町(現南九州市)の特攻平和会館を見学し、若い特攻隊員が家族や恋人へ宛てた遺書を見て言葉を失った。「兵士とはいえ、その素性は自分と何も変わらない、ただの『個人』だったと痛感した」

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