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李登輝氏死去 台湾民主化 功績大きい

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 「台湾民主化の父」と呼ばれた李登輝元総統が死去した。

 台湾出身者として初の総統となり、総統直接選挙を実現させた。台湾ではその後も国民党と民進党の2大政党間で政権交代を繰り返している。民主化を推し進めた功績は大きい。

 李氏は民主化を通じて人々に「台湾人」意識を根付かせ、統一を求める中国と距離を置くことを追求した。中国は李氏を非難し続けたが、強硬な姿勢が台湾との溝をかえって深めたのは間違いない。

 李氏が総統時代に学者から抜てきして政治家への道を開いた蔡英文・現総統も、中国との統一を拒みながら民主化を進めている。

 李氏の路線はしっかり継承されつつある。現在の台湾の基礎を築いた指導者だったと言える。

 李氏は日本統治下の1923年に台湾で生まれ、京都帝大(現京大)に入った。「22歳まで日本人だった」と公言する親日家で、2000年の総統退任後もたびたび来日して14年には道内も訪れた。

 台湾は戦後、共産党との内戦に敗れて大陸から逃れてきた「外省人」の国民党が独裁政権となって支配した。

 当時の経験が李氏にとって、民主化を目指す原動力になった。

 李氏は蒋経国元総統に引き立てられて学者から政界入りし、蒋氏の死去に伴い国民党の副総統から総統に昇格した。

 12年間の総統在任中に外省人支配からの脱却に指導力を発揮した。野党の存在を認める法律を制定し、96年には総統の直接選挙を実現した。李氏が勝利して自ら初の民選総統となった。

 民意が反映される選挙の実現が台湾の民主主義を発展させたと言える。対照的なのが香港だ。97年に中国に返還されたが、民主的な選挙制度は実現されず、その不満が今の混乱につながっている。

 中国の習近平指導部は台湾の武力統一をちらつかせる。蔡氏は米国を後ろ盾にして対峙(たいじ)しており、その対応は理解できよう。

 李氏が努めた台湾人意識の醸成は、若い世代を中心に浸透した。今では「自らは台湾人」とみなす人は6割を超える。この意識が自立性を強固にしている。

 総統退任後、李氏は台湾独立志向の強い民進党と手を握り、晩年は台湾独立に傾斜した。その主張の根底に、台湾への誇りがあったのは間違いない。

 李氏が重要性を訴え続けた自由と民主主義を、次代も引き継いでもらいたい。

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