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<書評>ベートーヴェンの愛弟子

かげはら史帆著

名曲誕生の陰 人物像克明に
評 伊藤恵(ピアニスト)

 留学時代に恩師のハンス・ライグラフ先生に言われて、仰天したことがある。君はベートーヴェンの弟子なのだよと。

 系譜を辿(たど)れば案外近い。ライグラフの先生はランゲンハーン、彼女の先生はレシェティツキ、その先生はチェルニー、そして彼の先生はベートーヴェンという訳(わけ)だ。ライグラフ先生によれば、全てのピアノ学習者は、ベートーヴェンか、ショパンの弟子になるらしい。

 今回、この力作を是非(ぜひ)手にとってみたいと思ったのは、このベートーヴェン直々の愛弟子(まなでし)であったボン出身のフェルディナント・リース(1784~1838年)の生涯に、強く興味を持ったからだ。

 ベートーヴェンの「ハイリゲンシュタットの遺書」には、友人と一緒に散歩をしていた時、羊飼いの笛の音や、鳥のさえずりが、聞こえなかったことが記されている。その絶望的な状況で、おろおろしていた友人にして弟子こそリースその人。

 生涯に300曲以上の様々(さまざま)なジャンルの音楽を残し、超絶技巧の名ピアニスト、また音楽祭の名プロデューサーとしても名を馳(は)せたリースだが、死の直前に「ベートーヴェンに関する覚書」(医師ヴェーゲラーとの共著)を残したことで、音楽史に名を残していることは間違いないようだ。

 ベートーヴェンという偉大な天才の元で作曲やピアノを学ぶだけではなく、師の作品の写譜やマネジメントを助けたリース。師の元を去ってからは、その音楽の継承者として、フランス革命や戦争に翻弄(ほんろう)されながらも、ヨーロッパ各地でベートーヴェンの作品、そして自作のピアノ協奏曲を演奏して大成功を収めた。しかし、なぜ彼の作品は忘れ去られ、そして、なぜ今再び脚光を浴びるのだろう。

 著者は数年に渡り、膨大な資料を克明に読み込み、後世の名作誕生に大きな貢献と足跡を残した<音楽史上>だけではない人物像を乾いた文体で愛情深く活写している。ベートーヴェン弟子の末裔(まつえい)(?)としては、偉大な先輩の再評価に大きな喜びを感じずにはいられないのである。(春秋社 2420円)

<略歴>
かげはら・しほ 1982年生まれ。音楽誌、文芸誌などにエッセー、書評を寄稿。著書に「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく」

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