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第九章 本心

 藤原は、僕のこの問いを、最初、文字通りに受け取っていたが、すぐにその含むところに気づいたらしく、
「そうです。あなたはもう、保育園に通ってましたから。」

 と言った。そして、僕の思い違いに理解を示すように、少し間を置いてから、
「あなたは、自分のお父さんのこと、知りたいんじゃないですか?」

 と単刀直入に尋ねた。語るべきことを語ってしまおうとしているのは、彼も同じかもしれないと感じた。
「あなたのお母さんは、いつかあなたが、自分の出生について疑問を抱くようになることを、心配してました。」

 僕は、その彼の口調から、自分が抱いてきた一つの考えを、最終的に放棄することになった。そして、もしそれが事実だったならば経験することになった、大きな葛藤を伴う会話を、せずに済むことに安堵(あんど)しつつ、その荒唐無稽に俄(にわ)かに羞恥と寂寥(せきりょう)を覚えた。
「……今はもう、違うとわかっていますけど、……僕は藤原さんが、自分の父親なんじゃないかと思っていた時期があります。」

 僕は冗談めかしてそう言うつもりだったが、頬は強張(こわば)ったままだった。藤原は、笑うことなく頷(うなず)いた。
「あなたの立場だと、色んなことを思うのも当然でしょう。――お母さんからはね、当時、子育ての相談も受けていました。それは、本当なら、父親の役目なのでしょうけど。」

 僕はその時、ふと、母が僕を理解するために、いつも口癖のように言っていた、「朔也(さくや)は優しいから」という言葉を思い出した。藤原は先ほど、僕を見て、「優しい目許(めもと)」と言ったが、ひょっとすると、我(わ)が子の不可解さを相談する母に対して、「朔也君は、優しいんだよ、きっと。」という理屈をつけたのは、藤原だったのでは、という気がした。

 母にそう言われて、少年時代の僕が慰められ、自尊心を守られたことは事実だった。けれども、藤原がその言葉で慰めようとしていたのは、その実、孤独なシングル・マザーだった母だったのかもしれない。
「……僕の父は、一体、誰だったんでしょうか?」

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