PR
PR

JR東日本元社長・松田昌士氏が遺した言葉~改革と向き合い続けた男~


 JR東日本元社長の松田昌士さん(北見市出身)が、5月19日、84歳で死去した。「国鉄改革3人組」の一人で、国鉄の分割・民営化を主導した。2016年に行った約6時間にわたるインタビューでは、国鉄改革や経営難のJR北海道の再建について熱く語った。当時、その一部を紙面化したが、盛り込めなかったエピソードは多くある。改革に挑み続けた松田さんの言葉を改めて振り返りたい。(編集本部 津田祐慈)=2017年1月7日掲載の記事を再構成し、大幅に加筆修正しました。

2017年1月7日朝刊に掲載された松田さんのインタビュー記事。国鉄分割・民営化から30年の年だった
2017年1月7日朝刊に掲載された松田さんのインタビュー記事。国鉄分割・民営化から30年の年だった


 東京・六番町にある個人事務所を訪れると、松田さんはタバコをくゆらせながら、鋭い眼光を私たちに向けた。翌2017年に国鉄の分割・民営化から30年を迎えるに合わせてロングインタビューをお願いしていた。やや緊張しながらあいさつを済ませると、低い声を響かせて言った。


 「腹減ってないか。まずは飯を食おう。話はそれからだ

 出されたトンカツ弁当は想像以上に大きかった(後日、返礼した)が、当時80歳の松田さんは私や同僚の記者よりも早く平らげた。食事をしながら子供時代を過ごした札幌での思い出話などをしていると、少しずつ緊張がほぐれていった。中曽根康弘元首相が掲げた「戦後政治の総決算」。その目玉だった国鉄改革を主導した後、国内最大の鉄道会社を率いた人心掌握術の一端を垣間見た気がした。

2016年11月に行ったインタビューで国鉄改革を振り返る松田さん。取材中は厳しい表情が多かったが、時折見せる笑顔が印象的だった(大城戸剛撮影)
2016年11月に行ったインタビューで国鉄改革を振り返る松田さん。取材中は厳しい表情が多かったが、時折見せる笑顔が印象的だった(大城戸剛撮影)


 国鉄改革は、政府の諮問機関「第2次臨時行政調査会(第2臨調)」が1981年に発足して議論が本格化した。国鉄幹部が自己改革を主張するなか、松田さん、井手正敬さん(JR西日本元社長)、葛西敬之さん(JR東海元社長)の3人は組織に見切り付け、密かに改革に向けて動き出した。松田さんはまだ課長級の中堅だった。

残り:1728文字/全文:3108文字
全文はログインすると読めます。
ログインには、電子版会員かパスポート(無料)の申し込みが必要です。
PR
ページの先頭へ戻る