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第九章 本心

 テーブルで、しばらく黙って、僕の淹(い)れたコーヒーを飲んでいた。

 やがて、つと顔を上げると、
「彩花さんは、朔也(さくや)さんの恋人ではないんですか?」

 と尋ねた。

 それは、彼がこれまで決して、直接、僕に訊(き)かなかったことであり、つまりは、慎重に避けてきた質問だった。イフィーは、思い詰めたように頬を強張(こわば)らせたが、その目は、改めて見蕩(みと)れるほどに澄んでいた。
「違います。」

 と、僕は正直に言った。
「本当に、ただのルームメイトなんですか?」
「ただのルームメイトです。」

 僕の心拍は、彼に聞こえてしまうのではと不安になるほど、大きな音を立てていた。
「すみません、プライヴェートなことを訊いて。でも、僕にとっては、大事なことなんです。朔也さんの気持ちはどうなんですか? 朔也さんは、彩花さんが好きなんですか?」
「……。」

 僕は、どう答えるべきだったのだろうか?――今でも、この時のことを振り返って、よく考える。僕は、嘘(うそ)は言いたくなかった。けれども、僕が本心を語れば、イフィーは三好への思いを断念するかもしれない。いや、僕は自分が、この三人の世界から排除されることを恐れていたのだろうか?

 彼の苦しみが、アバターではなく、その生身の姿の全体から、痛いほどに伝わってきた。

 三好が僕を愛することは恐らくない。僕は、改めてそう心の中で呟(つぶや)いた。そして、イフィーがここで、この僕たち二人の会話によって、ひっそりと彼女への恋情を断ち切ってしまったならば、彼女は自分の全くあずかり知らぬ場所で、その人生が一変することとなる幸福を失ってしまうのだった。

 僕は、三好との共同生活を振り返った。避難所から移り住んできた日のことを思い返した。僕は彼女が好きだった。そして、イフィーの愛を、知らぬ間に手に入れそこなってしまう彼女を想像して、かわいそうだと感じた。

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