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大正期の水晶島、克明に記録 根室出身の作詞家・高橋掬太郎 10代の日記発見

 昭和のヒット曲「酒は涙か溜息(ためいき)か」や「ここに幸あり」で知られる根室出身の作詞家高橋掬太郎(きくたろう)(1901~70年)が、10代だった大正時代に歯舞群島水晶島で暮らした日々をつづった日記が見つかった。記録が少ない大正時代の島の暮らしを生き生きとつづり、貴重な資料と言えそうだ。9日は掬太郎の没後50年。

 日記は昨年5月、北海道新聞が東京都在住の長男公郎(きみお)さん(84)を取材中、保管されている遺品の中から見つかった。1919年(大正8年)に記されたとみられる79日分で、今年になって内容の詳細が判明した。

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