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相模原死刑判決 殺傷の背景解明程遠い

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 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年に利用者ら45人が殺傷された事件で、横浜地裁はきのう、殺人罪などに問われた元職員植松聖(さとし)被告に、求刑通り死刑判決を言い渡した。

 被告は、無防備な障害者を刃物で次々と襲った理由を「障害者は生きている意味がない」と逮捕直後から繰り返し述べた。

 意味がない命などない。被害者の尊厳や生きる権利を一方的に奪い、家族との幸せな暮らしを壊した被告の言い分はあまりに身勝手で到底容認できない。

 判決は被害の重大さ、家族の処罰感情の強さ、差別的な考えを変えなかった被告の言動などを踏まえたものだろう。

 だが、被告がなぜゆがんだ考えを持つに至ったかは公判で十分に解明されなかった。

 差別的言動の背景に何があったのか。障害者への差別や偏見が社会に根深くあることの表れなのか。それを解き明かさなければ事件は終わらない。

 裁判員裁判で行われた16回の公判では、被告の刑事責任能力の有無が争点となった。

 弁護側は、被告には大麻精神病の影響があり犯行時は心神喪失だったと主張したが、判決は退け、責任能力はあったとした。

 その一方で被告の生い立ち、当初「障害者はかわいい」と言っていた被告がなぜ変わったのか、被告の就労環境に福祉に携わる人たちが共通して抱える問題はないか―などは明らかにされなかった。

 事件の核心に迫る手がかりになりうるこれらの背景が解き明かされなかったのは納得できない。

 公判前の整理手続きで、責任能力と関係のない審理は行わないことになったことが一因だ。

 公判前に争点を絞り込む裁判員裁判のあり方に一考の余地を残した。

 法廷では大半の被害者は実名が伏せられ、匿名で呼ばれた。傍聴席の一部はついたてで隠された。

 家族の一部は「娘は甲でも乙でもない」として名と写真などを公表した。裁判において被害者の人権にどう配慮するかは今後の課題となろう。

 ただ、匿名を望んだ家族には、障害者への差別や偏見に対する懸念があったようだ。

 事件を、被告一人の特異さによるものと片付けてはならない。多様な存在を認め合う共生社会を担う私たち一人一人が、社会に潜む差別意識をいかに取り除くかが問われている。

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