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第五章 “死の一瞬前”

 そこまで言うと、岸谷は、ビールを飲んで、僕の感心するような反応を待ったが、やはり、どことなく不安そうな表情だった。目が充血していて、かなり酔っているようにも見えた。

 何か、機を見計らって重要な話をしようとしている。――僕はそんな気配を感じたが、しかし、彼の調子っ外れな様子から、愛想笑いさえ満足に出来なかった。

 岸谷は、僕の戸惑いを看(み)て取ると、所在なげにまた缶ビールを呷(あお)って、腕で口を拭った。そして、唐突に、
「オレは、中国に行こうかと思うんだよ。もう、日本に見切りをつけて。」

 と言った。僕は驚いたが、
「そう、……それもいいかもしれないけど、アテは?」

 と尋ねた。
「ないこともない。言葉も、機械翻訳で何とかなるよ。」
「寂しくなるね。」
「お前も、いつまでも日本なんかにいても仕方ないだろう? お母さんも、もういなくなったんだし、早めに出た方がいいよ。」

 僕は彼を見つめたが、まるで夢の中で人と喋(しゃべ)っているかのようだった。奇妙なことを、奇妙と認識できないまま受け容(い)れてしまう、あの感覚。――

 それから彼は、「こんな時代に、こんな国に生まれてきた」ことの不幸を語り、政府の無能を口を極めて罵倒した。
「オレはもう、つくづくイヤになったね。もうイヤだ。吐き気がするね、こんな国。」
「何かあったの?」
「別に、……まァ、イヤな金持ちの客がいたっていう、いつもの話だよ。」

 僕は続きを待ったが、強いて聞き出そうとはしなかった。彼は、思い出すのも不快だと言わんばかりに、嘆息して話を逸(そ)らした。
「オレは最近、仮想現実の“暗殺ゲーム”にハマッてるんだよ。」
「……何、それ?」
「歴史上の実在の人物を、タイムマシンで暗殺しに行けるんだよ。計画を練って、武器を手に入れて、SPの警護をかいくぐってさ!今みたいな世の中にした昔の政治家だとか、大企業の社長なんかを、もう大分、殺してる。」
「……。」

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