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<書評>生命式

村田沙耶香著

価値観の変容に心ざわめく
評 横尾和博(文芸評論家)

 先鋭的な作家である。倫理や規範、常識や同調など既成の概念を軽やかに超えていくからだ。それは文学の基本であり、生の意味や悪を突き詰め、遠くまで行こうとする意思でもある。

 本書は著者自選の十二の短編を網羅する。表題の「生命式」は人口が激減し、出産が奨励される近未来の話。36歳の女性の「私」が語り手だ。知人の訃報に接し、同僚と生命式に参加する。生命式とは通夜や葬式のように、死者を弔う儀式だ。その夜は死者の肉を食べ、新しい生命の誕生を一同で願う。参加した男女で気の合うカップルは夜の闇に消え、「受精」を行う。セックスは昔と違い恥ずべきではなく、出産のための尊い行為で、隠すものではない。「私」は人肉食に淡い拒絶を感じながら、その風習に慣れていく。キーワードは未来の少子化社会、出産と死、性と宴だ。

 収録作品はみな非常識や反道徳を意識的に持ち込み、読者の違和感を誘う。違和の余韻は残り、私たちの考え方を問う。その落差が大きいほど読み手の心はざわめくのだ。本書が示すように、世を覆う価値観は時代とともに変容し、心も変化していく。正常とは発狂の一種、と登場人物に言わせ、みなが少しずつうそをつくこの世界で、真実は蜃気楼(しんきろう)だ、とも語らせる。この世の正しさとは何か。深く考えさせられた。

 著者は芥川賞の「コンビニ人間」でも、一貫して社会を形づくる常識への疑念を描いていた。また本書の作品群は、10人産めば1人殺していいという「殺人出産」や、人工授精で子どもを産む社会でセックスは禁忌となる「消滅世界」など、過去の一連の近未来ものと響きあう。

 著者の根底には深い絶望が横たわっているのかもしれない。だが真の絶望は希望の別名である。闇の深さを突き詰めて感知した者だけが、わずかな光明を見いだす。登場人物たちの近未来に対する幽かな懐疑は、著者の筆致の温かさやユーモアの感覚とともに、ほのかな光の源となる。(河出書房新社 1815円)

<略歴>
むらた・さやか 1979年生まれ。2016年に「コンビニ人間」で芥川賞受賞。著書に「殺人出産」「消滅世界」など

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