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<書評>ことば事始め

池内紀著

日常のことば 人生と重ね
評 辻山良雄(書店店主)

 本書は今年の8月に逝去した、池内紀最後のエッセーである。ドイツ文学者としての数多くの評論、カフカやゲーテ、ケストナーといった翻訳により、その仕事に触れた人も多いだろう。型にはまることなく、作家の本質を掴(つか)みとることに忠実だった訳文は個性的で、読者に〈文学そのもの〉を伝えていたように思う。

 そして近年では、軽妙な旅のエッセーを書くことも多かったが、何気ないリラックスした文章のなかに、豊富な人生の経験と、物事の背後にあるものを見つめる知性をのぞかせた。その飄々(ひょうひょう)とした書きぶりは、激高することなくいつも愉快で、〈生きる達人〉とでも言いたくなるような風である。

 「のろま」「とちる」といった何でもない日常のことばを引き、それを自らの人生と重ね合わせるようにして書いた本書「ことば事始め」には、そのような池内のエッセンスが詰まっている。その人の用いることばにはその人生が表れるが、あたりまえのようでありながら、何ともまた含みのあることばを選んだものだと思う。

 池内は本書の冒頭、幼いころのことば遊びを思い出し、「効用のあることばは一度目から二度目、二度目から三度目と効用を果たしていくうちに、急速に色あせ、たわいない記号になっていくのに対して、役立たずのことばは、いつまでたっても色あせない。」と書いている。ドイツ文学者である池内が役立たずのことばを愛したのは、ナチスの台頭とそれに抗(あらが)った文学者たちによく通じており、〈上から目線のことば〉が次第に権力となり、暴力となった歴史を知っていたからであろう。それに比べて庶民とともにあることばには、その時代の人が生きた実感を表しながらも、権力を笑うたくましさがある。

 直接書くことは好まなかったのかもしれないが、軽妙なエッセーには、自由へのあこがれがそっと折りたたまれているように思えた。ことばにまつわる記憶を何度も引き出しから出し、愛おしい人生を味わいつくした、達人の素顔が見える一冊だ。(亜紀書房 1760円)

<略歴>
いけうち・おさむ 1940年生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。8月30日に78歳で死去

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