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<書評>真実の終わり

ミチコ・カクタニ著

今日の知的混迷の本質を探る
評 会田弘継(青山学院大教授)

 われわれは今、紙媒体、テレビ、オンライン・ニュースだけでなく、ツイッターやフェイスブックなどでも押し寄せる「万華鏡のような情報の選択肢」を持ちながら、何が「真の事実」か分からない世界に生きている。「ポスト真実」と呼ばれる。

 本書は、米紙ニューヨーク・タイムズで30年以上も書評担当を務めた日系米国人の文芸評論家が、そのような混沌(こんとん)とした知的状況を腑分(ふわ)けし、問題の本質を探ろうとする好著だ。書評家らしく、格好の読書案内にもなっている。

 事実と虚構、真と偽の区別を見失った人々こそ「全体主義的統治の理想的な臣民」だ、と冒頭で政治哲学者ハンナ・アレントが引用される。20世紀には米英が中心となって克服した全体主義の脅威が今、当の米英で台頭している。トランプ米大統領誕生や英国の欧州連合(EU)離脱選択の根底で、真実と理性が「絶滅危惧種」になりつつある。著者はそう懸念する。

 原因の一つはポストモダニズムだというのが、著者の見立てだ。ドイツの哲学者ハイデッガーやニーチェを淵源(えんげん)に、フランスの思想家フーコーやデリダを通じて米国に浸透したポストモダニズムが、「真実という考えを視点や立場の概念に置き換え」て、あらゆる価値を相対化した。

 1980~90年代には保守派論客たちが、こうした価値相対化こそ大学教育の混乱の元凶だと批判した。多文化主義批判である。進歩派(リベラル)論客である著者が同じ論法で、右派が主導するポスト真実の時代を批判するのは興味深い。読書案内という点では、ポストモダニズムの思考と原爆投下後の科学に対する感情に合致が見られるという指摘をした、ショーン・オットー著「科学に対する戦争」に引かれた。

 何が真の事実か分からない今日の知的混迷は、原爆やホロコーストに科学を応用したことで極限化した価値相対化に始まっているのかもしれない。単なるネット情報社会論やポピュリズム政治論を超えて、今日の問題の思想的起源へと思索を誘う書だ。(岡崎玲子訳/集英社 1836円)

<略歴>
文芸評論家。米コネティカット州に日系米国人2世として生まれる。98年にピュリツァー賞(批評部門)を受賞

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