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PMFアカデミー生に振る舞う 家伝のボルシチ 故秋野豊さんの兄 小樽の治郎さん

 壁を低くし、さまざまな国の人たちを温かく迎えたい―。小樽市緑2の会社役員、秋野治郎さん(71)が、札幌を中心に2日まで開かれている国際教育音楽祭「パシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)札幌」のアカデミー生のために手作り昼食会を続けている。今年は26人を小樽に招き、樺太(サハリン)ゆかりの「家伝のボルシチ」を振る舞った。中央アジア・タジキスタンに派遣された国連監視団で活動し、凶弾に倒れた弟の故・豊さんを思いつつ、趣味の料理を通して自分なりに平和を創っていきたいと願う。

 小樽で薬品問屋を営んでいた秋野さんの祖父、音治郎さんは1904年(明治37年)、樺太北西部のアレクサンドロフスク・サハリンスキーに支店を開設。日露戦争後の05年(同38年)のポーツマス条約で北緯50度以北にある同地がロシア領と決まると、学生流刑囚だったポーランド人、グスタフさんに支店経営を託して小樽に戻った。グスタフさんは17年(大正6年)のロシア革命後、赤軍や社会主義政権の支配を逃れて小樽に移り住み、秋野さんの実家に「ボルシチ」を伝えた。

 トマトで赤みを出し、牛肉やジャガイモ、キャベツがどっさり。2017年に初めてPMFの若者たちに提供すると、ポーランド出身者から「お母さんの味。どうして小樽にあるのか」と質問された。秋野さんには小樽とサハリン、ユーラシア大陸が1本の線で結ばれたように感じられた。

 今年は1人で4日間をかけて大鍋で煮込み、小樽産のヒラメやニシンを用いた前菜を作った。7月24日の当日早朝には市内の農家から取れたてのキュウリやトウモロコシを分けてもらい、スイカとともに会場の緑2の古民家に運んだ。

 演奏会の合間の休日に食卓を囲んだのは、スペイン、米国、ホンジュラス、ウズベキスタンなど十数カ国の若者たち。ボルシチの来歴に耳を傾けたポーランド出身のベロニカ・マルツィアノさん(24)は「ハンガリーのグヤーシュにも似ている。おいしいです」とほほ笑んだ。

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