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<書評>あとは切手を、一枚貼るだけ

小川洋子、堀江敏幸著

往復書簡でつづる愛の深さ
評 辻山良雄(書店店主)

 一読して「すごい。小説でこんなことができるんだ」と驚いた。本書は熟練した2人の作家による、往復書簡の形式を取った物語である。お互いに愛し合いながら、いまは別々の場所で暮らしている、主人公の「私」と「ぼく」。ともに過ごした幸福な時間や、2人を隔てたある悲しい出来事が、手紙を重ねるごとに、少しずつ明らかにされていく…。

 それぞれの手紙には思い出話や互いの近況が、「投壜(びん)通信」やライカ犬、五つ子、船舶気象通報といった話題(2人ならではの選択だ)に託される。そのイメージは、読むものの想像をかき立て、巧みにストーリーの本筋に織り込まれていくが、お互いが繰り出すイメージは呼び水となり、共作者によって新たな意味を与えられる。

 相手にことばを委ねながら、その思わぬ行き先を楽しむことは、2人の作家にとって存外のよろこびであっただろう。同じゲームのプレイヤーにしかわからない、秘密のことばを交わし合い、2人は暗黙のうちに一つのボールを運んでいく。事前に内容に関する打ち合わせは行わなかったというが、その緊張感と心の高鳴りがそうさせたのか、小説には1本の糸のような、張り詰めた美しさがある。

 主人公たちは事故、あるいは自らの意志により、目でものを見ることがなくなった。そのことはかえって2人の世界を見る目を注意深くし、養ったのかもしれない。手紙では、目には見えないものが大切にされ、自然や文学、芸術に対する深い洞察が語られるが、それは世界が本来持っている豊穣(ほうじょう)さも示しているのだろう。

 2人の文章の息は合っているが、読み進めるうちに、わずかな〈声〉の違いが、作品をたえずふるわせていることに気がつく。その細かなゆれは、穏やかに見える主人公たちの心のゆれと重なるようで、読者の感情に思わぬ軌跡を残していく。静寂で押さえられた世界の奥から、消すことのできない、人間存在が発する声が聞こえてくるようで、その激しさにただ身震いがする。(中央公論新社 1728円)

<略歴>
おがわ・ようこ 1962年生まれ。「妊娠カレンダー」で芥川賞
ほりえ・としゆき 64年生まれ。「熊の敷石」で芥川賞

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