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陸上・寺田明日香 娘と夫に支えられ、再び走る <インサイドストーリー>

 将来を約束された陸上競技の天才ハードラーが表舞台から消えたのは6年前のことだ。けがに苦しみ、摂食障害を患って引退。その後の競技転向にも挫折した悲運のアスリートは、結婚と子育てに力をもらい、この春、再びレースに戻ってきた。(文・大矢太作、写真・富田茂樹)

 骨折、摂食障害 ロンドンの夢破れ引退

 ハードル越しに見るトラックの景色はなにもかも新しかった。観客の声、肌にさわる春の風、緊張する選手たちの息づかいすら心地よい。「走るって、こんな感じだったんだ」。当たり前を楽しむ余裕が、いまの自分にはある。

 4月半ば、山梨県陸上記録会の女子100メートル障害で寺田明日香(29)=パソナグループ=は弾むように、それでいて上下動の少ない滑らかな姿勢で同種目の復帰レースを駆けた。13秒43。日本の女子ハードラーに君臨したころとは比べるべくもないが、久しく忘れていた走る喜びに満たされた。

 全国高校総体を3連覇、日本選手権も3連覇。2009年世界選手権代表となり、同年のアジア選手権で銀メダル―。その軌跡は華やかだったが、12年ロンドン五輪を前に突如、暗転する。

 11年春、合宿先の沖縄でハードルを踏み切る右足首を痛めた。軽い捻挫だと思った。レースに出ながら治そうとしたものの、走りのリズムは狂った。「脚がいうことをきかない」。骨折だった。4連覇を狙った夏の日本選手権は準決勝で敗れ、五輪の前哨戦の世界選手権代表に漏れた。

 歯車は元に戻らなかった。良くなる兆しもなかった。代表争いで後れを取り、短距離界の女王だった福島千里(セイコー、帯南商高出)もいた所属先の北海道ハイテクAC(恵庭市)では居場所を失う。自らを責め、食べることにさえ罪悪感を覚えた。食べては吐く摂食障害を患い、生理が止まった。そこに左足甲の疲労骨折が追い打ちを掛けた。

 心身から戦う力はうせ、ロンドン五輪代表を決める翌年の日本選手権を欠場。「私は死んだ」。それから1年で引退した。

 ■ラグビー挑戦

 トップアスリートは五輪のとらわれ人になることがある。「五輪に出なければ、陸上をしている意味がない」と寺田は思っていた。高校1年から走れば勝ち、五輪はかなうはずの夢だった。

 引退した翌14年の春、競技を通じて出会った佐藤峻一(36)=会社経営=と結婚した。早大で幼児体育を学び、長女果緒(4)を授かる。娘を抱いて大学へ通い、夜は倒れるように寝た。

 五輪への思いが再燃したのは16年リオデジャネイロ大会だった。同い年の陸上仲間で円盤投げをしていた桑井亜乃(29)=十勝管内幕別町出身=が7人制ラグビー女子の日本代表として戦った。フィールドを駆ける姿に寺田は自らを重ねた。ラグビー経験はなかったが、その年の冬にあった日本協会のトライアウト(テスト)に挑戦。代表チームに帯同するようになった。

 しかし、ラグビーでも、けがとは縁を切れなかった。接触プレーがあるぶん重くもなる。17年5月、試合で右足首を踏まれて骨折。プレートとボルト4本を埋め込んだ。けがに泣き、ぼろぼろになった記憶がよみがえった。

 ラグビーではもう前へ進めない。でも、五輪への思いは募るばかり。ラグビーに鍛え直され「昔より速く走れる感覚」もあった。「もう一度、走りたい。これがラストチャンス」。けがを治して18年10月、陸上の競技トラックへ帰った。

 ■甘えに気づく

 寺田は、考えたり、落ち込んだりする時間さえない子育てを通じて、現役時代の自らの甘えに気がついた。「子育ては自分の思い通りにいかないことばかり。練習や試合なんて、どうにでもなるって思えるようになった」。陸上競技に絶望していたころを知る夫峻一が言う。「妻が陸上で笑うのを初めて見た」

▽自己最高
 13秒05(2009年)
▽引退当時の記録
 13秒84(13年)
▽復帰後の自己最高
 13秒19(19年5月)


 東京五輪女子100メートル障害の参加標準記録は12秒84。寺田は、日本記録(13秒00)よりも高いこの壁を乗り越え、さらに上をいく12秒6台を目標にしている。

 分不相応かもしれない。一方で、ひょっとしたら、とも思わせる。高校時代からの恩師で、日本の女子短距離界をけん引する道ハイテクAC監督の中村宏之(74)は「多くの経験が寺田を強くした」と語り、こう続ける。「天才肌だから、半端ないことをやってしまうかもしれない」

 寺田は理学療法士、栄養士らと協力しながら自宅のある都内を練習で転々としている。引退前は言われるがままだったスタイルはがらりと変わった。走らされるのではなく、走る。それは中村が伝えたかったことでもある。「結局は、自分で考えて戦える競技者しか成長しない」。寺田はいま、踏み切って体をひねる癖に自ら気づき、「正しい」動きを体に染みこませている。歩きながらハードルをまたぐ練習を2時間続けることもある。

 27日に開幕する日本選手権(福岡市)で日本記録の更新を狙っている。女王の復帰に関心が高まるなか、緊張して、自らを追い込んでしまわないだろうか―。

 心配ない。「とにかく走ることが楽しい」から。それに果緒は言っている。「たくさん食べて、よくお水を飲んで、ちゃんと寝たら速く走れるよ」って。

=敬称略=

 東京五輪で陸上競技のトラック、フィールド種目の出場枠は最大3。出場資格は参加標準記録と世界ランキング制度を併用して与えられる。世界ランキングは記録と順位を大会の格付けも加味して得点化する。日本陸連は9月開幕の世界選手権(ドーハ)で日本勢最上位のメダルを獲得し、参加標準記録を突破している選手を代表に内定する。


(随時掲載します)

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