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【本橋麻里さん】女子カーリングチーム「ロコ・ソラーレ」代表理事

 2022年の北京冬季五輪に向け、道内外の有力チームがしのぎを削るカーリング女子。平昌五輪で銅メダルに輝いたロコ・ソラーレ(北見市)は、地域に根ざしたチーム運営と次代を担う選手育成の強化を目指し、昨年8月、一般社団法人化に踏み切った。19歳で出場したトリノ五輪を皮切りに五輪3大会を経験、昨年6月に選手休養を宣言して法人の代表理事に就任した本橋麻里さん(32)に、法人化の狙いや日本のカーリング界への思いを聞いた。(運動部 石川仁美)

■法人化は「受け皿」づくり。北見から世界目指す夢支える

 ――北京冬季五輪への最初の年となる2018~19年シーズンが今月、終了しました。シーズン中はW杯第2戦で優勝するなどチームの存在感を世界に示しましたね。

 「18年2月の平昌五輪後は取材対応なども多く、精神面をコントロールし、カーリングに集中する時間をつくる―という課題に直面しました。それを乗り越えて、昨年12月のW杯を勝ち抜いた。しかし、2月の日本選手権は準優勝となり、世界選手権代表を逃してしまいました。『世界一になりたい』という思いをより強くした1年だったと思います」

 ――日本選手権は優勝した中部電力(長野)に3度敗れました。

 「一つの大会で同じ相手に3度も負けるなんて、めったにないことです。中部電力、ロコ・ソラーレのほか、女子の4強に残った道銀(札幌)、富士急(山梨)は、どこが勝ってもおかしくない状況でした。五輪以降は海外遠征に軸足を置いていたので、国内のライバルチームの研究など準備が不十分だった。それも敗因の一つです」

 ――中部電力をどうみますか。

 「本当に上手だった。成長期のチームに勝利を許したことが、どれほど大きなものか…。私たちも16年の日本選手権が飛躍のきっかけでした。ソチ五輪5位の道銀を破って優勝し、全てが変わっていった経験があります。日本選手権で緊張感のある試合を勝ち抜いた中部電力は成長しただろうな、勢いづいただろうな、と思います」

 ――ロコ・ソラーレを法人化した狙いは何でしょうか。

 「法人としての目標はシンプルです。ロコ・ソラーレの選手には、世界で飛び抜けた存在になってほしい。そのための『受け皿』をしっかりさせたかった。私は北見市常呂町で育ちました。大好きな地元にいながら、夢をあきらめずにカーリングを続けられる仕組みを作りたかった。法人化すれば、たとえ選手が引退しても、法人に残って仕事に就く選択肢が生まれる。常呂には通年利用可能なリンクがあるので、誰かが続けていけば可能性が開ける。若手育成のための女子チーム『ロコ・ステラ』を作ったのも、『常呂だからきっとできる』ということを、形にして次世代に残したいと思ったからです」

 「五輪で確実にメダルを取っている国と日本は、どこが違うのかをずっと考えてきました。そうした国は文化としてカーリングが根付き、熱意を持った人たちが競技を支えていると気付いたんです。例えば平昌五輪女子で金メダルを獲得したスウェーデンでは、カーリングはそれほどメジャーな競技ではありません。でも、引退した選手が指導者になったり、国内協会で役職に就いたり、人材がうまく回っています。日本の私たちに合う方法は何かと考えた時、法人化という形に行き着きました」

 ――選手ファーストの仕組みを作りたいということですか。

 「平昌五輪を機に、試合会場に駆けつけてくださる方も増えました。しかし、五輪から次の五輪までの4年の間に環境は変化します。支援が途切れ、意欲のある選手が競技を続けられなくなることもあります。一方、チームの経営形態がしっかりしていないと、スポンサーや支援者の方も不安になります。4年に一度盛り上がっても、時間が過ぎて元に戻ってしまうのは残念です。カーリング界を挙げて、選手強化や普及活動をしないといけません」

 ――日本にカーリングを根付かせたいとの思いが強いですね。

 「これまで五輪を境に選手がチームを離れたり、新チームが結成されたりと繰り返してきました。ファンの皆さんも応援しにくいだろうなと思います。サッカーチームは選手が入れ替わってもクラブは残る。サッカーみたいに地域の文化になってほしいのです」

 ――競技環境を求めて一度は常呂から青森へ移り、また常呂に戻るなど、周囲を驚かせるカーリング人生ですね。

 「判断する時は不安もありますが、その先に何をしたいのかだと思うんですよね。法人設立も以前から考えていたので、『時がきた!』という感じでした」

■選手の楽しさも苦しさも分かる。裏方にやりがい感じる

 ――平昌五輪を前にリザーブ(控え)に回った時は、悔しさもあったのではないですか。

 「何かを成し遂げることで、多くの方々に喜んでもらえることが、私にとっては何よりもうれしい。リザーブに回ったのも、むしろそうした方が『故郷から世界へ』という夢に近づくと。だから決断しました。自分が一歩引けば、チーム内で五輪の舞台を経験した選手が増えることになり、その方が価値がある。私はその時すでに五輪を2回も経験していたので、次のステップに踏み出さないといけない、という思いがありました」

 ――裏方として大切なことは。

 「選手時代は、世界の舞台でベストパフォーマンスを出すことしか考えていませんでした。ただ、産後に試合に出るのを休んだ時、自分の中で変化が起きました。私が掛けた一言で試合に出ている仲間が元気になる。その姿を見て、喜びを感じる自分に気づきました。自分が選手の時に掛けてほしかった言葉を、仲間に掛けているだけなんですけれど。選手として楽しいことも苦しいことも経験してきたから、声を掛けるタイミングが分かるのかなと思います。今は支えている方にやりがいを感じます。しばらくは選手を休養するつもりです」

 ――5月に地方創生の総合戦略を議論する政府の「まち・ひと・しごと創生会議」の有識者メンバーに起用されました。

 「スポーツは東京中心で語られがちです。地元のファンや支援者を大切にすること、そこを守る立場で発言していくつもりです。種を植えて、芽が出たら終わりではなく、その先から枝葉が伸びるような活動を続けていきたい。どこにいても努力次第で、美しい花は咲くのですから」

<略歴> 北見市常呂町(旧オホーツク管内常呂町)出身。12歳でカーリングを始め、チーム青森のメンバーとして2006年トリノ、10年バンクーバー両五輪に出場。同年、チーム青森を脱退して北見に戻り「ロコ・ソラーレ」を設立し、主将に就任した。12年に結婚し、15年に長男を出産。18年平昌大会では、自身3度目の五輪代表となり、男女通じ日本勢初となる銅メダルを獲得した。「マリリン」の愛称で今も人気を集める。

<ことば>ロコ・ソラーレ 北見市に拠点を置く女子カーリングチーム。2010年に設立した。チーム名は「太陽の常呂っ子」を意味する造語で、常呂から太陽のように輝くチームになってほしいとの願いを込めた。現布陣は司令塔のスキップ藤沢五月選手(28)、サード吉田知那美選手(27)、セカンド鈴木夕湖選手(27)、リード吉田夕梨花選手(25)。16年2月の日本選手権で初優勝し、同年3月の世界選手権で日本勢初の表彰台となる銀メダルを獲得した。平昌五輪では銅メダルに輝いた。18年8月に本橋さんを代表理事に一般社団法人化した。

 日本カーリング協会主催の大会に出場する際のチーム名は、法人格を有しない団体名は使用できない。このため法人化以前は、当時の本橋さんの所属先、NTTラーニングシステムズの頭文字をとって「LS北見」のチーム名で出場していた。

<後記> 3年ほど前から本橋さんを取材する中で、「試合に出たい」という強い思いを感じていただけに、平昌五輪を前にリザーブにまわると聞いた時はとても驚いた。悔しさを内に秘めつつ「私がつくったチーム。勝つことが大切」と語る姿に、強い決意を感じたのを覚えている。そして、チームは五輪に出場し銅メダルを獲得。本橋さんの状況判断能力の高さを認識した。五輪後は後輩の成長を願い、代表理事という道を選んだ本橋さん。次はどんな活躍で日本のカーリング界を驚かせるのか。楽しみで仕方ない。

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