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<書評>庭とエスキース

奥山淳志著

丸太小屋での暮らし追う
評 辻山良雄(書店店主)

 この本には、主にふたりの人物(そして犬のさくら)しか登場しない。一人は空知管内新十津川町の小さな丸太小屋で、自給自足の生活を営む「弁造さん」。そしてもう一人は、弁造さんが老いて亡くなるまでの14年間、毎年、季節ごとに弁造さんのもとを訪れ、その姿を写真におさめた、著者の奥山淳志さんだ。

 〈自給自足〉と聞くと、気難しい人物を想像されるかもしれないが、この本での弁造さんは、終始おおらかで陽気である。開拓時代を知る弁造さんは、「夜盗虫(よとうむし)」や「スイカ泥棒」に悩まされたときのことを面白おかしく話すが、そうした生き生きとした語りには、読者も思わず引き込まれる。弁造さんの庭は、家を建てるのに十分なカラマツ、転作時期を考慮して栽培される作物など、自給自足を可能にする工夫がある。そして本書に収められた、四季折々の写真のように、北の自然を生かした美しさには、何よりうっとりとさせられる。

 この本の底には、〈他者〉という簡単にはうかがい知ることのできない、大きな問いがある。弁造さんは自給自足の生活を実践する一方で、若いころに抱いた絵描きへの夢をあきらめきれず、毎晩イーゼルに向かい、主に女性の像を描いている。

 弁造さんはなぜ絵を描き続けるのか、そして何を思いながら、ひとり暮らしているのか…。弁造さんは冗談を言ったかと思えば急に真面目な顔になり、容易に自分を見せないが、奥山さんはその人生に近づこうとしながらも、弁造さんの繊細な心情には、あえて触れないようにしている(ように見える)。そうした人のあいだに横たわる、絶対的な距離に誠実に向かい合うことで、他者のわからなさは、この本の持つ深みとなり、作品を余韻あるものにしている。

 人生とは、人との出会いである。わたしたちは自分の人生を、自分だけのものだと思いがちだが、そこには常に自らを照らしてくれる他者の存在が含まれる。著者は長い時間をかけた弁造さんとの関わりのなかで、そうした複雑な自画像を完成させた。(みすず書房 3456円)

<略歴>
おくやま・あつし 1972年生まれ。写真家。著書に「手のひらの仕事」など

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