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<乙部 生命(いのち)の水を生かす>上 災害時にも暮らし守る

 「ホワイトエール一つお願いします」。3月下旬の週末、函館・湯の川温泉のカフェ「エンデバー」は、サラリーマンや若い女性客らでにぎわった。次々と注文が入るのは「乙部ビール」。市内の公務員木村亮仁さん(42)は「口当たりが良くて最高にうまい」と上機嫌で飲み干した。

 エンデバーは昨年6月にオープン。おしゃれな店内の壁からタップ(注ぎ口)が突き出し、店員が傾けたグラスに黄色やオレンジ色のビールを注いでいく。サービス担当の下田泰崇さん(38)は「人気の秘密は水なんです」と隣を指した。

■憩いの場提供

 乙部ビールはエンデバー併設の醸造所「函館湯川ブリュワリー」で生産している。仕込むのは乙部岳(1017メートル、檜山管内乙部町など)の地下をくぐって町内に湧き出す水だ。

 この水にこだわるのは、エンデバーを経営する健康食品製造卸会社「アドバンス」(長野県佐久市)の白井博隆社長(56)。新製品の食材探しをしていて偶然口にした。「まろやか」と感じた。周囲で土器が見つかったことを知り「長年地域で愛されていたのでは」と考えた。2016年に、乙部に設立した子会社がミネラルウオーターの製造を開始。昨年春からビール醸造にも乗り出した。

 乙部岳の地下水は山裾をはじめ、乙部の市街が広がる平野部にも湧き出す。その数、22カ所。湧水は水道が整備されるまで住民の暮らしと共にあった。父親が農漁業を営んでいた元町議の菊池晴一さん(78)は小学生のころ、下校して湧水をくむのが日課だった。町民は泉の水で野菜を洗い、洗濯した。「湧水は生活に欠かせず、泉は人々の憩いの場だった」と懐かしむ。

■南西沖地震で

 上水道整備は1954年から始まり、住民と湧水との関わりは次第に薄れた。再び注目されたのは、最大震度6(推定)の揺れが檜山管内を襲った93年の北海道南西沖地震の時だった。

 水道管が破損し、町内約40戸が断水した。だが泉は変わらず、こんこんと水をたたえた。町民はリヤカーにバケツを積んで集まった。長山テツさん(82)は家の水道が4日間使えなかったが「飲み水に不自由しなかった」と振り返る。

 町は災害時の飲料水確保のため、湧水地22カ所のうち、住宅地に近い5カ所に5700万円をかけて取水施設を整備。再び町民の憩える場所に―と、あずまや、ベンチも設けた。

 99年に完成した5カ所の施設は「生命(いのち)の泉」と名付けられた。乙部の水を求めて町外からやってくる人が増えていった。乙部の水はうまいらしいぞ―。(江差支局の古田裕之が担当し、3回連載します)

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