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小舟は大海を渡らず

小舟は大海を渡らず

 大学入試の実技試験まで3カ月を切った、ある日のこと。通っていた美術系の予備校で、先生が背中越しに声をかけてきた。

 「特美では、胸像は試験にでないから描かなくてもいいよ」

 特美とは、北海道教育大学札幌分校特設美術科。当時は主に美術教員を養成する学科で、略してそう呼ばれていた。私の志望校だったのだ。

 予備校の奥行きのあるデッサン室には、壁沿いに白い石膏像がずらりと並び、受験生が志望校に合わせてそれぞれの課題に取り組んでいる。食パンをこねて消しゴムとして使うため、いつも少しすえた臭いが漂っていた。

 デッサンには木の枝を炭にした木炭を用いた。高校の放課後、地下鉄に乗って半年ほど熱心に通っているものの、なかなか木炭を使いこなせず、ぼんやりとした絵から抜け出せない。それを見かねた先生が私の絵に手を入れた。ぐいっぐいっと勢いよく引かれる木炭の線は紙に触れ、黒い粉が舞い上がる。もやっとした絵が立体的に浮き出てくる瞬間を目の当りにしたことをきっかけに、長いトンネルを抜けた。
 
 その後は描くことが楽しくてしょうがない。どんどんレベルの高い石膏像に挑戦したくなり、東京の美術大学の課題としては中程度の「アリエス」という巻き髪が胸にかかる美しい女性像に向かっていた。
 
 そんな時にかけられた、その言葉に私の心はぐしゅっとつぶれた。東京の私立の美大に行きたいとは親に言えなかった。絵が好きだからそれを進路にしたい。それを認めてもらえただけでもありがたいと思わなくちゃと、自分に言い聞かせていた。それだけに、上昇したい気持ちに学校のレベルでランク付けされたことがショックで、今も鮮明な記憶として残っている。

 さて、18歳の春ー。入試の合否は、スーパーのトイレの中で聞いた。

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