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中国はいまだに発展途上国なのか? 成熟したグッド・ガバナンスという問題
富士通総研経済研究所主席研究員
金 堅敏
中国は、経済成長が鈍化し始めたところに、対米貿易戦に突入した。中国経済へのリスクが高まり、中国への依存を深めた日本の産業界も、中国経済の振幅に一喜一憂している。経済力の台頭に加え、政治大国であり、軍事面でも急速に台頭している中国は「いまだに発展途上国なのか」と疑問を抱く意見もある。当の中国は、常に「世界最大の発展途上国だ」と自称し、米国等からの先進国並みの通商義務等の要求を拒み続けている。
確かに、今日の中国では、キャッシュレス社会の実現等の先進性と大気汚染や混沌とした地方社会の後進性が交じり合い、国全体としての発展レベルを定義するのは至難の業である。また、中国社会自身も先進国に入れず「中所得国のワナ」に陥ってしまう懸念を抱いている。
■経済総量と技術力の台頭
2019年に入り、米中貿易紛争は世界経済リスク要因のトップに選ばれている。米国が対中貿易戦を仕掛けたのは、中国が高度成長を遂げ世界第2の経済大国になったのにもかかわらず、いまだに発展途上国の立場にしがみつき、関税の引き下げが不十分で、知財保護レベルを低く維持していることに対する不満を爆発させたためであろう。
2019年1月、中国の2018年のGDP等のマクロデータが発表された。平均為替レートで単純に計算すると、中国のドルベースGDPは13.6兆米ドル。IMFのデータを参考にすると米国(約20.5兆ドル)の66%、日本(5.1兆ドル)の2.7倍にも達している。GDP総量では、中国は経済大国になったことに疑問の余地はない。
また、中国は2003年ごろから「革新国造り」に着手し、技術開発やイノベーションを奨励、「コピー天国」から「知財大国」に向かって猛ダッシュしている。ここにきて国際特許制度(PCT)の申請数は日本を超え、トップの米国にも迫っている。WIPO(世界知的所有権機関)が2018年7月に発表した「Global Innovation Index(GII)2018」(※1)において、中国は2017年の22位から17位に躍進し、先進国の列に割り込んだのである。米中紛争も貿易紛争から技術紛争へ変容し、米国が中国の技術力台頭を抑えるための仕掛けだと見られている。
※1 GII 知的財産権の申告率、モバイルアプリ制作、教育費、科学技術に関する出版物など80の指標を基にした126か国のランキング
■先進国の判断基準は
しかし、世界に先進国か発展途上国かの判断基準は存在しない。フリー百科事典ウィキペディアで検索すると「先進国とは、高度な工業化を達成し、技術水準ならびに生活水準の高い、経済発展が大きく進んだ国家のことを指す」との記述がある。先進国か発展途上国かを評価するには、他方面からトータル的に考察する必要があるのだ。
もちろん、世界銀行、世界通貨基金、OECD、WTOなどの国際機関や組織は、設立趣旨に照らして200前後の国々をグルーピングして対応している。ただ、人間中心の開発に重きを置いた国際社会では、国民所得や生活向上をもたらす開発指標が重要視されることは間違いない。このような開発指標として、一人当たりの国民所得と人間開発指標が挙げられる。もちろん、米中貿易紛争で見られるように、WTOルールとして一人当たりの国民所得という所得指数、それとも輸出競争力指標、例えば経常黒字/GDP比、一人当たりの貿易黒字額などーに照らして、発展途上国待遇を与えるかどうかは交渉する余地があろう。
現在、開発指標として世界銀行が試算している定量的な一人当たりの所得指標が存在する。それによると、世界218の国・地域経済は、①低所得経済(一人当たり995ドル以下、34)②中低所得経済(996~3895ドル、47)③中高所得経済(3896~1万2055ドル、56)④高所得経済(1万2056ドル以上、81)と分けられる。
ただし、社会の発展や環境変化により、高所得国等の基準も毎年修正されていく。例えば、1980年代後半では、国民一人当たりの所得が6000ドルを超えると高所得国に認定されたが、2018年では1万2055ドルを超える必要があった。
また、ここで強調したいのは、先進国と高所得国とは違う概念であるということである。中近東の資源国家、サウジアラビアやクウェートなどは高所得国であるが、先進国とは認められていない。IMFは、産業技術発展や経済構造、財政システムや金融市場の成熟さ等を考慮し、先進国(37)と新興国・発展途上国とを分けている。
■数年で高所得国の仲間入り
中国について、世界銀行は「中高所得国」、IMFは「新興国・途上国」に分類している。2018年の中国の一人当たり名目GDP(中国の統計ではGNPよりもGDPがよく使われるので、ここではGDPを使う)は約9750ドルで1万ドルの大台に近づいた。
したがって、世界銀行の指標で見ると、2020年~2022年の間に、中国が高所得国の仲間入りを果たす可能性は高い。日本の一人当たりGDPは1982年の9578ドルから85年の1万1580ドルに、韓国は1993年の8741ドルから95年に1万2333に達したことから、中国が世界銀行の定義する高所得国になる蓋然性は高いと考える。
■先進国の仲間入りは前途多難
しかし、中国がIMFの定義する先進国の枠組みに入ることは、長い歳月をかけても実現可能性に疑問は残る。前述したように、先進国の概念は、単に経済的な指標に限らず、産業構造の健全性、各種制度の成熟さ、社会発展のレベルなど全方位で考えなければならないからだ。
例えば、図表が示すように、中国の輸出は世界トップであり、米中貿易紛争までもたらしているが、国民一人当たり製造業の付加価値は、他の新興国とあまり変わらない。いまだに工業化途上の経済から脱却しておらず、先進国のレベルとは大きな差があるのだ。
また、UNDP(国連開発計画)は、世界189カ国について平均寿命や教育、所得などの合成統計値である「人間開発指数」を発表している。それによると2018年は①超高度人間開発(58カ国)②高度人間開発国(54カ国)③中程度人間開発国(39カ国)④低人間開発国(38カ国にグルーピングしているが、中国は86位で世界の平均順位を超えたばかりである。
さらに、汚職撲滅運動の展開にあるよう中国にとって「人間開発」よりさらに高いハードルは、洗練された制度整備やガバナンス・システムであろう。成熟したグッド・ガバナンス-OECDはガバナンスの重要な要素として①法の支配②公共部門管理③腐敗の抑止④過剰な軍事費の削減を挙げているーが定着しなければ、経済成長・国民の所得向上も持続不可能であり、中国の先進国入りのユメはアワに終わってしまうだろう。
そこで筆者がもっとも注目するのは、中国が先進国並みのガバナンス・システムや能力を備えられるかどうかである。
じん・じゃんみん 1985年7月、中国浙江大学大学院修了。同年9月~91年12月まで中国国家科学技術委員会勤務。97年3月、横浜国立大学国際開発研究科修了・博士。98年1月より現職。
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