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百年記念塔解体 節目を考え直す契機に

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 道が道立野幌森林公園(札幌市厚別区)にある北海道百年記念塔を解体する方針を正式に決めた。

 老朽化が進んで安全面に問題があるのに加え、維持改修に約30億円かかると試算されている。

 地元住民を中心に存続を求める動きもあるが、厳しい道財政を考えれば解体はやむを得まい。

 解体後の跡地には、新しいモニュメントを整備する方向だ。そこに、どんな願いを込めるのか。

 記念塔は、1869年(明治2年)に北海道開拓使が置かれてから100年に当たって造られ、アイヌ民族にとっては開拓の裏側で強いられた同化政策や差別の象徴だとの批判がある。

 このことを忘れてはならない。

 記念塔の解体を機に、北海道の歴史を、和人の開拓史に限定することなく、先住民族を含めた先人の思いを引き継ぐ営みとして捉え直すべきだ。

 鉄骨造りの高さ100メートルの記念塔は1968年、北海道100年記念事業として着工。総工費5億円をかけて70年に完成した。

 展望台から石狩平野が一望できたが、腐食した金属片が落下するなど危険な状態になり、2014年から展望台の内部と周辺への立ち入りが禁止されている。

 道が昨年末、塔を含む百年記念施設の今後のあり方を示す構想をまとめ、塔については「老朽化の進展を完全に防ぐことは困難」と結論づけた。

 道民からの意見聴取でも解体論が多く、道の判断はこうした声を踏まえたものだろう。

 記念塔の建設当時は「開基」や「開道」といった言葉が使われ、和人の入植で土地を奪われたアイヌ民族への配慮に欠けているとの批判が根強くあった。

 それだけに、新しいモニュメントには、和人とアイヌ民族との歴史観の相違などを乗り越えるような理念が求められる。

 かつて塔の撤去を望んだというアイヌ民族の中にも「塔があった場所を民族共生のシンボルに」との意見がある。

 道などは昨年、「北海道150年事業」を展開した。幕末の探検家松浦武四郎が名付け親となり、明治政府が北海道と命名したことを起点とした。

 節目の定義を改めても、「開基意識」を払拭(ふっしょく)できていないとの指摘が依然としてある。

 北海道の今が多様な歴史と文化が折り重なって成り立っていることを再認識し、次世代につないでいかなければならない。

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