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【樋口英明さん】原発の運転差し止め判決を出した元裁判官

 2014年5月に福井地裁で関西電力大飯原発(福井県)の運転を差し止める判決を言い渡した樋口英明元裁判長(66)。11年3月の東京電力福島第1原発事故後初の差し止め判決となったが、今年7月の控訴審で一審判決は取り消された。どんな思いで判決を書いたのか、原発再稼働が進む現状をどう見ているか、樋口さんに聞いた。

■強い地震が来れば原発は耐えられない前提で議論していた

 ――福島事故が起きるまで原発についてどう考えていましたか。

 「恥ずかしながら全く関心がなかった。専門家が『安全だ』と言うのを信じていました」

 ――そんな樋口さんが14年の大飯原発の差し止め判決に続き、15年には関電高浜原発(福井県)の再稼働を差し止める仮処分も決定しました。なぜ原発を止めるべきだと考えるようになったのですか。

 「まず、裁判の争点が原発は強い地震が来ても大丈夫かという点ではなく、強い地震が来るか来ないかという点だったことに大変驚きました。原告の住民は『来るかもしれない』と主張し、関電は『来ない』と反論していた。つまり、原告も被告も強い地震が来れば原発は耐えられないとの前提で議論していたのです。大飯原発の耐震設計の目安となる基準地震動は当時700ガル(ガルは揺れの勢いを示す加速度の単位)でした。関電はその1・8倍の1260ガルまでは耐えられると言っていた。逆に1260ガルを超えると危ないことは認めていたのです。そのうえで700ガル以上の地震は来ないと言っていた。それが信用できるかどうかです」

 ――信用できない、と。

 「はい。国内では2000年以降、東日本大震災(2933ガル)や今年9月の胆振東部地震(1796ガル)を含め千ガル以上の地震が16回、700ガル以上だと29回も観測されています。原発のある場所だけは揺れないなんて保証は何もない。判決にも書きましたが、実際、05年以降に四つの原発で5回、基準地震動を上回る揺れを観測しました。最もひどい例は東電柏崎刈羽原発(新潟県)で、建設当時は基準地震動を450ガルと想定していたのに、07年の新潟県中越沖地震でその3倍を超える1700ガル近い揺れを記録し2300ガルに引き上げた。過去に決めた数字が想定を超えたから修正したのです。大飯原発の数字だけは正しいと言われても信用できません」

 ――だから差し止めた。

 「大手メーカーの住宅は3000ガルとか5000ガルに耐えられるよう設計されているものもあります。原発は一般住宅より耐震基準が低い。それでは話になりません」

 ――判決を出すのに迷いや葛藤はなかったのですね。

 「結論が決まっていたので葛藤はありませんでした。私はその後、名古屋家裁に異動します。家裁では離婚問題などを扱いますが、子の親権者を父母のどちらにするかを決めるのはすごく難しい。国全体から見れば小さな問題かもしれませんが、そっちのほうがよほど悩みました」

 ――判決で国富とは何かを論じた部分が印象的です。あの文章に込めた思いを聞かせてください。

 「二つのこだわりを持っていました。一つは保守から見ても革新から見ても納得できる文章にしようと。なので何十回も練り直しました。今は保守が原発を推進していますが、国土や故郷を大事にするのが保守のはずで、保守こそ再稼働に反対すべきだと思います」

■大勢が「やめるべきだ」と言い続ければ司法も変わるはず

 ――もう一つのこだわりとは。

 「原発事故で故郷を追われた人の気持ちを少しでも代弁したいと思いました。私は10万人を超えるようなたくさんの人をこの目で見たことがない。東京ドームが満員になってもせいぜい5万人とかです。福島では10万人以上の人が一斉に故郷を追われ、生活を失った。その重みを考えるべきです」

 ――その判決は控訴審で取り消されました。大飯原発は新規制基準に適合する、とした原子力規制委員会の判断を合理的と認めた。どう思いましたか。

 「原発が安全だときちんと確認して取り消したのなら、私も安心できるし、この国にとっても良いことです。でも判決は、新規制基準はつじつまが合っている、それに従っているから心配ないといった理屈だった。心底がっかりしました。規制基準は専門家が作るのでつじつまは合って当然です。多くの裁判で規制基準は合理的だと言われていますが、国民を原発の放射能の危険から守れない恐れがあるなら不合理なんです」

 ――それでも原告は最高裁に上告しませんでした。なぜでしょう。

 「住民が最高裁に少しでも期待するなら上告したと思います。でも全く期待しなかった。控訴審の誤りを最高裁が正すことは100%ないと思ったんでしょう」

 ――国内では原発の危険性を認定し、運転を差し止めるなどした裁判は3・11前に2件、3・11後に4件の計6件です。06年に北陸電力志賀原発(石川県)2号機の運転差し止め判決を出した元裁判官の井戸謙一弁護士(64)は11月、札幌市内の講演で「今ほど運転差し止め判決を書きやすい時代はないのに、出てこないのがもどかしい」と話していました。

 「私も非常にもどかしい。司法は福島事故を直視すべきです」

 ――原発の再稼働の状況をどう見ていますか。月刊誌に「小舟で太平洋にこぎ出すようなもの」と寄稿していました。危ない、と。

 「嵐は来ないと信じて大海原に出て行くようなものです。運が良ければ助かるが、そうでなければ大変なことになる。危ないというのは《1》事故が起きた時の被害が大きい《2》事故の発生確率が高い―という二つの意味があります」

 ――今後、原発はどうするべきだと考えますか。

 「個人的な意見ですが、地震を予知できない以上、全ての原発をすぐに停止すべきだと考えています。地震は、いつ、どこで、どのくらいの強さで来るか分からない。徐々に原発を減らしたとしても、唯一動いている1基を強い地震が襲うかもしれない。ロシアンルーレットのようなものです」

 ――道内では今月、函館市民らが電源開発大間原発(青森県)の建設差し止めを求めた裁判の控訴審が札幌高裁で始まり、札幌地裁では北海道電力泊原発(後志管内泊村)の廃炉を求める裁判が行われています。

 「脱原発を目指す人にとっては、3・11後も多くの裁判が原発を容認していることに無力感を覚えるかもしれません。でも、無力であることと非力であることは違う。一人一人の力は小さく、非力でも、多くの人が原発に関心を持ち『原発はやめるべきだ』と言い続ければ、司法も変わるはずです」


 <略歴>ひぐち・ひであき 1952年三重県鈴鹿市生まれ。京都大法学部卒。83年福岡地裁判事補任官。静岡や宮崎、大阪など各地の地裁や家裁、高裁などに勤務。福井地裁の裁判長として2014年5月に大飯原発3、4号機の運転差し止め判決、15年4月には高浜原発3、4号機の再稼働を差し止める仮処分決定を出した。17年8月に名古屋家裁部総括判事で定年退官。津市在住。


 <ことば>基準地震動 原発の耐震設計の目安とする地震の揺れのこと。敷地周辺でさまざまな地震が起きると仮定して計算する。速度が速くなっていく割合を示す加速度の単位ガルで示し、数字が大きいほど揺れが強いことを表す。2007年の新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原発の揺れが最大で1699ガルに達したと推定されている。国内で観測された最大値は08年の岩手・宮城内陸地震での4022ガル。泊原発の基準地震動は、建設当時が370ガル、東日本大震災当時が550ガル、現在は620ガルで耐震設計をしている。


 <後記>1999年2月、北電泊原発3号機の建設と運転差し止めを求めた裁判の判決で、札幌地裁は「具体的な危険は認められない」と原告の訴えを退けた一方で「原発を中止する選択もある。自分たちの子供に何を残すのか賢明な選択をしなければならない」と付記した。樋口さんはこの文章に「3・11以前からの裁判官の葛藤が表れている」と話した。

 福島原発事故後も、今年3月の函館地裁の大間原発建設差し止め訴訟の棄却など、まるで事故がなかったかのような司法判断が続いている。樋口さんの言うように関心を持ち続けたい。(報道センター 関口裕士)

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