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「函館銀座」の社交場 86年で幕 スナック喫茶「ミス潤」来月閉店 店主夫妻の高齢化で 常連客が27日パーティー

 函館市宝来町のスナック喫茶「ミス潤」が11月末で閉店する。2代目の川上昌さん(79)と妻光枝さん(78)は「函館の銀座」と呼ばれた地区の変遷を見守ってきたが、高齢を理由に86年の歴史に幕を引く。10月27日には、常連客ら有志が、2人をねぎらうパーティーを開く。

 1932年(昭和7年)、札幌から函館に移り住んだ昌さんの両親、淳作さんとみやさんが純喫茶として恵比寿町(現宝来町)で創業。「潤」は淳作さんの「じゅん」にちなんで付けた。34年(昭和9年)の函館大火時には店が全焼、戦時中は物資がない中、営業を続けるなどし、終戦後に現在地に新築移転した。

 「当時の宝来町は函館一番の繁華街。キャバレーのはしりやカフェがごちゃまぜで立ち並んでいた」と昌さん。ミス潤は、着物にかっぽう着姿の女性従業員を置き、学生たちでにぎわったという。電蓄の名器「クマーベ・アポロン」からは、クラシックが流れ、函館で名曲喫茶といえば「ミス潤」と名を広めた。淳作さんが54年に49歳で亡くなってからは、昌さんの姉や妹がみやさんを手伝った。

 昌さんは札幌や函館・大門でバーテンダーとして経験を積み、67年に光枝さんと結婚。2年後にみやさんから「ミス潤」を任された。当時2人は30歳と29歳。昌さんはバーテンダーの経験を生かし、ミス潤を「スナック喫茶」に変えることにした。時代の変化に合わせたことで、「地域の社交場」として函館の文化人が多く集った。

 常連たちが好んだのは、昌さんが提供する料理だった。「鉄鍋の田舎うどん」は人気メニュー。ボルシチスープには手作りのロールパン。常連たちは「潤酔会」という会を立ち上げて定期的に集まり、「つい、凝っちゃうんだよね」と言う昌さんの料理とお酒を堪能した。

 ママの光枝さんは毎日、着物姿でお客を出迎える。「あれから50年も働かされるとは思っていなかった。あっという間の50年」とおちゃめにほほえみ、閉店を決めた今は「ほっとしている感じ」。昌さんは、「バーテンダーの同期は何百人といたけれど、今は誰一人いない。これだけ長くやったから、まあいいかな」とこだわりの詰まった店内を優しく眺めた。

 営業時間は午後7時~午前0時。日曜定休。ミス潤(電)0138・23・2604。(堺麻那)

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