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<第9部 輪西町かいわい>12 丘の上の「ユース」 「歴史的建造物」守り38年

 太平洋から吹く風の音を聞きながら眠る。水平線から昇る朝日とともに目覚める。眼下にはイタンキ浜。数分歩けば新日鉄住金室蘭製鉄所を一望できる。室蘭ユースホステル(YH)=室蘭市みゆき町3=は、これぞ室蘭、という景色の中にある。

 ペアレント(支配人)の藤当(ふじとう)満さん(68)は「こんなに長く室蘭にいることができるとは思わなかった。本当によかった」と語る。旅の末に室蘭へたどり着いてから、38年がたった。

■室蘭発信に知恵

 広島県出身。1949年生まれの全共闘世代だ。学生運動の嵐が吹き荒れる中、自分と社会の未来を考え続けた。「自分に何ができるのか、何ができないのか。日本中を見て歩こう」と大学を中退し、71年、自転車で旅に出た。

 晩春の北海道で吹雪に遭い、支笏湖YH(千歳市)に転がり込んだ。日本YH協会の職員となって支笏湖で働き、80年、ペアレントとして室蘭に転勤した。

 以来、藤当さんは「室蘭はこんなに素晴らしいのだから、たくさんの観光客に来てほしい。地元の人に誇りを持ってほしい」と思い続けている。自然と工場の景観。港の夜景。豊かな食。工業都市の室蘭には観光都市としても潜在力があると信じ、手を打ってきた。

 地球岬の魅力を広めようと、雄冬岬(石狩市)、落石岬(根室市)とともに「北海道三大岬」として、ガリ版のチラシを宿泊客に配った。また、NPO法人を設立し、工場群を生かした産業観光の重要性を行政や企業に訴えた。

 室蘭YHの知名度を高めるため、食事に力を入れた。朝食のパンとヨーグルトは手作り。ご飯にノリや野菜で少女の顔を描いた弁当は、今なら「インスタ映え」間違いなし。運営を手伝っていた美由紀さん(61)と82年に結婚し、2人で知恵を絞ってきた。

 室蘭で夏合宿をする東大野球部を応援する会を立ち上げたり、地域FM局「FMびゅー」で環境問題を考える番組を担当したり、藤当さんはYHを拠点として地域活性化の活動を広げてきた。「室蘭のためになることなら、何でもしたい。アイデアがどんどん出てくる」とほほ笑む。

■自ら雨漏り修理

 藤当さんは1998年に日本協会を退職し、室蘭の運営を受託した。転勤せず、ずっと室蘭にいるためだ。

 室蘭YHの建物は船がモチーフ。緑の草原を、白い船が進んでいくように見える。「北海道の近代建築の父」と呼ばれた建築家、田上義也氏(1899~1991年)が設計し、72年に開業した。「歴史的建造物」としての評価があり、老朽化も目立つが、藤当さんは自ら雨漏りを直し、ペンキを塗る。「一年でも長く守り続け、多くの人に使ってほしい」と思いを込める。

 室蘭YHは最盛期の91年に4747人が宿泊したが、近年は半分以下。特に若者の利用が減った。一方、スポーツ合宿の団体客やシニア層、外国人客は増えている。数十年前に宿泊した若者が定年後、再び訪れることも多い。「長く元気でやってきて、ごほうびをもらっている」。丘の上で、藤当さんは新たな出会いと再会を待ちわびている。

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