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3度の大きな地震を経験して

 胆振東部で大きな地震が発生しました。多数の方が亡くなり、今も避難生活を送っている方がいます。被害に遭われた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

 大阪生まれの僕は、阪神大震災、東日本大震災、そして今回の胆振東部地震と、3つの大きな地震を経験しました。阪神大震災は高校2年生の冬で、発生時は長野県でスキー合宿をしていました。

 関西から離れた長野県も揺れ、宿舎の屋根から大量の雪が落ちたことを覚えています。テレビは、あちらこちらで火災が起こり、家が崩れ、高速道路が倒れた神戸市内の衝撃的な映像が流れました。同じ宿舎に泊まっていた西宮市内の高校の生徒たちが家に帰ることができず、とても不安がっていました。大阪府内の僕の実家周辺も大きな被害を受けました。

 東日本大震災が発生した2011年3月は、水戸ホーリーホックの現役選手として茨城県に住んでいました。当時はアキレス腱を断裂して通院中で、病院の駐車場で地震に遭いました。立っていられないほどの揺れが起こり、自宅に戻ると、家具が倒れて部屋中に物が散乱していました。しばらく大きな余震が続いていたため家に戻れず、街中が大混乱。食糧やガソリンを手に入れることができず、丸2日間くらいは車の中でおにぎりだけを食べて過ごしたことを鮮明に覚えています。

 ただ、近所付き合いが深まったことに加え、停電で信号が止まっている中、譲り合って運転しました。恐くてたまらない日々でしたが、人の優しさを知り、温かさに触れることができた経験にもなりました。

 今回の胆振東部地震のあと、週明けの月曜日から早々にコンサドーレのサッカースクールを再開することができました。幸いにもスクールの子供たちは、けがなく無事でした。

 子供たちに「大丈夫か? 大変だったか?」と心配の声を掛けたのはもちろんですが、「こういう時にこそ、自分は何ができるのか、どういう行動をするのかを、きちんと考えておくのが一番大切」「みんなで普通にサッカーができるということは、実は当たり前のことじゃなくて、サッカーをしている一瞬一瞬を大事にしていこうね」という話を、みんなに伝えました。今回だけではなく、3度も大きな地震を経験した自分だからこそ、こんな話ができたのだと思います。

 地震後の最初の試合となった9月15日の川崎フロンターレ戦では、稲本潤一、三好康児の両選手らが募金箱を持って立ち、多くの川崎サポーターが募金してくれました。ヴィッセル神戸の選手たちも募金活動をしてくれて、イニエスタ、ポドルスキの両スター選手も笑顔で募金を呼びかけてくれました。本当にありがとうございました。試合は残念ながら7失点と大敗してしまいましたが、試合後、サポーターが、選手たちに大きな歓声と拍手を送ってくれました。地震後にもかかわらず、北海道からアウェーの地に駆け付けてくれたサポーターにはとても感謝しています。きっと選手の胸に大きく響いたことでしょう。

 コンサドーレは今が正念場です。ミシャのもとで各選手がやっているサッカーがぶれるわけではありませんし、選手は自信を持ってプレーしています。必ず立ち直ることができると信じています。

 まだリーグは続きます。1つでも上の順位になり、サポーターの思いに応えてほしいと願っています。決して地震に負けず、頑張っていきましょう!

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