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金田一京助から22枚のはがき 知里幸恵の筆録後押し

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 6月に亡くなった釧路市のアイヌ語叙事詩研究家北道邦彦さんが収集した研究資料の中に、言語学者金田一京助が知里幸恵に送ったはがき22枚のコピーがある。時期は金田一が幸恵と出会った1918年(大正7年)から幸恵が亡くなる22年まで。「アイヌ神謡集」誕生前夜、金田一が幸恵に筆録を勧め、励まし続けた記録だ。今回は、北道さんの資料から、金田一の言葉を拾う。(椎名宏智)

釧路の研究家 故北道さん複写収集

■ノート3冊送る

 金田一は、幸恵にアイヌ語をローマ字で筆録することを勧め、ノートを3冊送った。20年6月17日のはがき=《1》参照=にこう書いている。「このノートブックをあなたの『アイヌ語雑記』の料として、何でもかまはず気のむくまゝに御書きつけなさい」

 幸恵は当時、古里・登別を離れ、伯母金成マツ、祖母モナシノウクとともに旭川で暮らしていた。その幸恵が、アイヌ語を書き始めたことを知り、金田一はエールを送っている。「ほんとに、大した事です。どうぞ祝福あらんことを!!!」(20年11月21日)。

 金田一の自宅は当時、東京市本郷区森川町(今の東京都文京区本郷6)。22枚のはがきは、釧路から出した1枚を除き、発信地を書いている場合はこの住所だ。その金田一の元に21年春、幸恵からノートが届いた。さまざまな伝承を書き留めた1冊である。

 金田一はすぐ礼状を書いた=《2》参照=。「あまりに立派な出来で私は涙がこぼれる程喜んで居ります」。さらに、読み終えた後、再び幸恵にはがき=《3》参照=を送り、「このまゝ後世へのこして結構な、大したお仕事です。どんなにか御面倒だったでせう」(5月20日)とねぎらっている。

■新鮮な文体肯定

 この資料を集めた北道さんは、埼玉県の県立女子高校で約30年間、国語を教えた元教員だ。自ら向き合った生徒たちと幸恵は同じ年頃。北道さんは、金田一がどんな言葉で幸恵の才能を引き出していったか、考えながら読んだことだろう。

 金田一は21年5月29日のはがき=《4》参照=で、幸恵がアイヌ語を筆録することの意義を、「同族の内面文化の美しい魂が世に紹介される」と書いた。一方でこのはがきには、幸恵の迷いや葛藤に答えるような言葉がつづられ、その上で「そのままを御書きなさい」と促している。

 その後、金田一の元に、幸恵からさらに2冊のノートが届いた。金田一は21年9月23日のはがき=《5》参照=に、これを一気に読み終えたことと、幸恵の独創的な文体が「非常に大きな参考となる」と書いている。

 また翌22年1月10日のはがき=《6》参照=はyukara(ユカラ=英雄叙事詩)をyukarと書く幸恵の新鮮な試みを「誠に大膽(だいたん)な御見識」とほめ、「どんどんそれでおやりなさい」と記している。

 幸恵の才能は、金田一に書き方を肯定され、励まされることで磨かれ、「アイヌ神謡集」に結実した。北道さんは同書について生前、「言葉が美しい。幸恵の才能です」と評していた。

金田一が幸恵に送ったはがき(抜粋)

《1》1920年6月17日

 このノートブックをあなたの「アイヌ語雑記」の料として、何でもかまはず気のむくまゝに御書きつけなさい。それハ私のためではなく、後世の学者へのあなたの置きみやげとしてです。あなたの生活ハそれによって不朽性を持ってくるのです。永遠にその筆のあとが、二なき資料となって学界の珍宝となるのです。えらい事を書かうとする心は不必要で、たゞ何でもよいのです。それが却(かえ)って大事な材料となるのです。

《2》21年4月23日

 御手紙は昨日、筆記は今日、拝受致しました。あまりに立派な出来で私は涙がこぼれる程喜んで居ります。もっともっと帳面をぜいたくに使って下(くだ)さい。余りこまかに根をつめて書いてゐてハからだへ障るといけません。片面へアイヌ語の原文、片面へ訳語、といふ位にして、それも、眞中へだけ書いて、端は註(ちゅう)でも書く所にして置いたらいゝでせう。

《3》21年5月20日

 ウエベケレ集一通りハ通覧致しました。こんなに立派にしおほせる人があらうとは夢にも思ひがけませんでした。これなら、このまゝ後世へのこして結構な、大したお仕事です。どんなにか御面倒だったでせう。私は、全紙にページづけを施して、巻首に目次を作って居ります。

《4》21年5月29日

 この一冊の集だけでも、あなたの筆によって、如何(いか)に同族の内面文化の美しい魂が世に紹介されるか、本当に此(これ)は貴重な貴重な収穫です。うんこや、しっこや、それどころでなく、もっと所謂(いわゆる)尾籠な所まで行っても決して決して耻(は)づべきことでハないのです。なぜなら標準をずっと低くこの世俗の生活の水平線へ置いて見る時にこそ、さういふ(こ)とが、どうのかうのとなるのですけれど、ずっとずっと高い所から見て御覧なさい。みんな厳粛な事実なのです。学問上からみると、皆無差別の等しく尊い事実なのです。少し突込んで民族文化を志らべると――今さういふ学問が盛に起りかけて来たのです――何国にもある事で、その天眞な土俗の中に本当の眞相が発露してゐるので、取りつくろったうはべの記事ハ値打が無です。この不用意な素朴な民間の謡だの伝説だのゝ尊い所以(ゆえん)ハ、そこにあるのですから、ちっとも臆せず、祖先を信じ旦愛してそのままを御書きなさい。

《5》21年9月23日

 アイヌ伝説集其(その)二、及其三正に拝見、御上達の速なることにかつは驚きかつは喜び一気におしまひまで読んで見ました。アイヌ語をローマ字で書くといふことハさまで困難でハないのですが、むつかしいのハその切り目つなぎ目です。従来の人ハ皆たゞバチラー先生の切り方に従ふより仕方がなかったのですが、今あなたの独創的に始められた書き方ハ私共種族外のものに取って非常に大きな参考となるのです。其二其三になるともう大抵、切り方がおのづと一定して来ましたね。思ふがままに書いて下さい。

《6》22年1月10日

 yukara,uwepekere等の終のツヾリのこと、本当にその事に言及すべ(き)であって、この前に落したのです。たゞrだけで済ましておおきになるあなたの表記法は誠に大膽(だいたん)な御見識で、私も思ひきってそうは今迄(まで)書かなかった(たゞバチラー先生の綴方に盲従して)のをあなたの表記法を見てすっかり咸服(かんぷく)してゐた処(ところ)だったのです。世界のどこへ出しても非難のされようの(ない)正しい正しい表記法なのです。どんどんそれでおやりなさい。


 日付は消印。表記は原文に基づく。改行は避け、句読点や脱字とみられる文字は補った。繰り返し符号(踊り字)は一部改めた。

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