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<行間往来>根本見えぬ現代保守 歴史認識を問い直す 中島岳志さん

 保守といえば、日本が突き進んでいった太平洋戦争を肯定したり、賛美したりするイメージが強い。でも、実は渦中にあった戦前の論客たちは違った。それはなぜか。政治学者で東京工業大教授の中島岳志さん(43)が「保守と大東亜戦争」(集英社新書)で明らかにした。それとともに西欧の近代保守思想から本来の保守について丁寧に解きほぐし、私たちがいま目にしている政治との“ズレ”を浮かび上がらせた。

 ――もともと保守思想とはどういうものでしょうか。

 いま保守と言われる人たちのかなりの部分に保守でない要素が強く反映されています。左翼に対するアンチテーゼとして語られているものが多すぎて思想の根本が見えなくなっています。本来の保守には懐疑的な人間観があり、人間は限界を持った存在で、どんなに頭のいい人でも間違いを犯すと考えます。

 ――「伝統」「慣習」という言葉が保守と結びつきます。

 保守派が大切にするのは庶民が長年培ってきた経験知であり、そこで合意された良識や慣習です。伝統を守るには少しずつ変わっていかなければならない、つまり<永遠の微調整>が保守の精神です。急激な変化を嫌うのはそこに人間の理性への過信が含まれているからです。

 ――本書では戦後も保守論壇で活躍した竹山道雄、田中美知太郎、林健太郎、猪木正道など戦中世代があの戦争をどう見ていたかを分析しています。

 彼らは戦前期の軍国主義的な風潮や超国家主義という思想に批判的で、戦後も変わりませんでした。保守的な思考からは「大東亜共栄圏」「八紘一宇(はっこういちう)」など国粋的な超国家主義の論理は生まれない。昭和維新を掲げたテロ、クーデターには極めて革新的な思想が反映され、保守の思想と矛盾しました。

 戦前、戦中、戦後を生きた保守派の人たちは今やほとんど鬼籍に入りました。彼らの苦難の実体験から生み出された議論や歴史認識を再考し、現在の保守の歴史認識を問い直したい。

 ――批判的な保守がいたのに戦争を止められなかったのは。

 彼らは圧倒的に少数者で政治的にまとまった勢力でもありませんでした。近代日本では正統な保守の論理が極めて弱いために、極端な立場が説得力を持ち、急進的な社会改造の熱狂を生んでしまいました。

 ――本書では「大東亜戦争」という言葉を使っています。

 僕は大東亜戦争と呼ぶべきだと思っています。アジアの解放という虚構を振りまいたからです。あの戦争のイデオロギーを肯定するものではありません。反対した人たちも含めてあの戦争は大東亜戦争だった。それを戦後に「太平洋戦争」という言葉に変えたことで、実体が見えなくなった。当時の人たちと同じ地平に立たないと批評できないと思います。

 ――安倍晋三首相は「保守」を自任しています。

 保守の懐疑的人間観は他者だけでなく、自分も間違っているかもしれないと思う。だから異なる意見に耳を傾け、合意形成を試みて着地点を見いだしていこうとします。しかし、安倍首相の政権運営は合意よりも自分の主張を押しつける権力の使い方ですね。ここに保守にとって最も避けなければならない人間観が彼の中にあります。

 ――ここ数年で「『リベラル保守』宣言」「保守と立憲」という本を相次いで出しました。

 最近、リベラルと保守は対抗関係で捉えられがちです。しかしリベラルという観念は欧州の宗教対立を乗り越えようとする中で生まれたもので「寛容」が起源です。そのため少数者に理があれば、歩みよろうとする保守思想と極めて親和的です。

 また、保守は民主的に選ばれた政府でも立憲主義による制約を前提とします。自由などの諸権利は無名の死者たちが時に命をかけて獲得したものです。憲法は死者による権力に対する制約であって、これを否定する政府は歴史や死者から解放された存在で、危険です。

 ――戦前期の煩悶(はんもん)する青年がテロに走った背景を追った

「血盟団事件」だけでなく、秋葉原事件の加藤智大(ともひろ)死刑囚の軌跡を書いた「秋葉原事件」など今日的な問題にも取り組んでいます。

 1995年、僕が20歳だった時に、阪神・淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きました。人間が生きる支えや宗教って何なのかと考えていると、この年は戦後50年にあたり(村山富市首相が植民地支配と侵略を認めた)村山談話を巡ってナショナリズムという問題が噴出しました。それ以来、僕の中では現代日本のアイデンティティーと政治の関係がずっとテーマとしてあります。「秋葉原事件」を書いたのも事件の背後に潜む現代社会の問題を見つめる必要を感じたからでした。

 なかじま・たけし 1975年、大阪府生まれ。京都大大学院博士課程修了。北大大学院准教授を経て、東京工業大リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は近代日本政治思想史、南アジア地域研究。主な著作に「中村屋のボース」(大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞)、「岩波茂雄」「アジア主義」「親鸞と日本主義」など。

(東京報道編集委員 伴野昭人)

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