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いつも心に北海道がある GLAY・TAKUROさん 25日から函館ライブ

 北海道が生んだ、日本を代表すると言っても過言ではないロックバンド「GLAY」。数々のミリオンセラーを世に送り出してきた彼らは、来年デビュー25年の節目を迎える。7月末には1998年の名盤「pure soul」のアンソロジー盤をリリース。今月25日(土)、26日(日)には、故郷・函館市の人工島「緑の島」で5年ぶりに5万人規模の野外ライブを決行する。リーダーでギターのTAKUROさんに、バンドの歩みや北海道への思いを聞いた。

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 GLAYが函館では初となる野外コンサートを開いたのは2013年7月。2日間で道内外から5万人の観客を集めた。「野外ライブ」への思いはずっと持ち続けてきたという。

 「野外でやることのリスクはある。こればかりは自然との闘いなので。その代わり屋内では見られない、大自然の素晴らしい景色がある。開催時期など悩みましたが、函館の空の下でGLAYの音楽を聞かせたいというバンドの思いは強い」

 北海道命名150年。野外ライブのタイトルを「GLAY×北海道150」と銘打った。

 「函館や北海道が大きな節目を迎えて、なにか式典、祭典があるとき、一番に声をかけてもらえることには本当に感謝したい。GLAYの音楽で笑顔になってもらいたい、幸せになってもらいたいと25年近くやってきて、こうして声をかけてもらえるのは、自分たちがやってきたことへの信頼かなと、すごく誇らしい気持ちになりますね」

 北海道新幹線開業イメージソングや北海道マラソン公式テーマソングを手がけ、財政破綻直後から夕張の支援を続ける。年齢を重ねるごとに故郷への思いは強くなる。それはGLAYの本質にもつながると言う。

 「たまにロサンゼルスで仕事するときも、合間に『北の国から』を見ますからね、ロスのさんさんとした太陽の下で。今でも信じていますけど、北海道で聞く、函館で聞くGLAYの歌が一番理解されると思う。『Winter, again』で歌われているような詞は、函館の、北海道の風を感じながら聞いてもらったほうが、詞がつたなくて伝わらない部分も、空や風、大地がそれを補ってくれる。そんな気持ちが年々強くなっています」

 1998年、4枚目のアルバム「pure soul」の発売から20年。今年7月末に、代表作「誘惑」「HOWEVER」などのリミックス、リマスタリング音源や、当時のドキュメント映像などを収録したアンソロジー盤をリリースした。背景には自分たちへの“検証”があると言う。

 「20年たって、ちゃんとした誇らしい大人になっているかを、自分たちで確認したかった。(再収録作業の中で)当時だったらとがりすぎていてだめだと思ったものが、今の時代、時代が変わったからOKという音やフレーズがいろいろあった。バンドにとっては当時トライしたことが間違ってなかったという検証になった。下手っぴだけど元気があるな、とか。(当時は)ステージで3回飛んでいるけど、今は1回だな、そういう老いは感じますね(笑)」

 ソロ活動にも取り組み、16年末に初のソロアルバムを発表。他のアーティストへの楽曲提供も行い、今年発売された歌手でタレントのDAIGOのシングルの作詞作曲も手がけた。

 「もともとGLAYを70、80歳までやるために、自分の力不足を痛烈に感じていて。自分が好きだったジャズとかブルースの世界で、スーパーミュージシャンたちとセッションすることで、自分の弱点を直して、ちょっとでもGLAYにギタリストとして貢献したいと思った。楽曲提供は、自分らしさを考えるいい機会になるので。冷静になるから勉強になるんです」

 函館がGLAY一色に染まる凱旋(がいせん)ライブまであとわずかだ。

 「僕らは出発も、多分終わるのも、函館なんだろうと考えていて。あと何年できるか、何回できるか分かりませんが、函館だけでなく、夕張を含め、自分たちが愛した北海道の場所全てのため心を込めて演奏したい」(原田隆幸)

 函館・緑の島野外特設ステージでの野外ライブは25、26日とも午後2時半開演。

<略歴> 1971年、函館生まれ。高校時代にGLAYを結成し、HISASHI(ギター)、TERU(当初はドラム、後にボーカル)らと活動。地元でライブハウス出演などを重ね、高校卒業と同時に上京。92年に函館出身のJIRO(ベース)が加わり、94年にメジャーデビューした。

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