PR
PR

戦没者追悼 過去への反省欠かせぬ

[PR]

 終戦記念日のきのう、安倍晋三首相は全国戦没者追悼式の式辞で、アジア諸国への「加害責任」と「反省」に言及しなかった。

 これは第2次安倍政権になってから6年連続になる。

 1994年の村山富市首相以降、歴代首相が盛り込んできたこととは対照的だ。

 安倍首相は3年前の戦後70年談話で「子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と語った。ならば歴史を直視し、関係国の理解を得ることが不可欠だ。

 一国のトップである首相の終戦記念日の言葉は、戦争を放棄し国際平和を希求する日本の姿勢を世界に発信する意味も持つ。

 戦争で多大なる犠牲を強いたのは事実だ。加害責任や反省については、毎年真摯(しんし)な言葉で語り続けるべきである。

 首相はきのうの式辞で「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」と強調した。しかし「アジア諸国」「損害と苦痛」といった文言は盛り込まず、被害国に直接訴えるメッセージもなかった。

 日本と中国、韓国との間では、首相と閣僚による靖国神社参拝や従軍慰安婦など歴史認識を巡る問題がなお残る。

 そうした中で先の大戦で多大な犠牲を強いた日本の首相が、加害責任に背を向けるような態度を取れば、歴史問題に一方的に区切りを付けようとしているとみられても仕方がない。

 安倍首相は戦後70年談話で、歴代内閣の立場として「繰り返し痛切な反省と心からのおわびを表明してきた」と述べたが、間接的な言い回しが逆に批判を招いた。

 自らの考えとしてあらためて語る必要があろう。

 韓国と北朝鮮は4月の首脳会談で、朝鮮戦争について年内の終戦宣言を目指すことで一致した。

 周辺国の間で不幸な過去に区切りを付けようとする動きが加速する中で、日本だけが歴史問題でつまずいているようでは困る。

 きのう安倍首相は靖国神社を参拝せず、私費で玉串料を奉納した。それでも周辺国が疑念を抱いていることを忘れてはなるまい。

 靖国問題の背景には戦後73年たった今も誰もがわだかまりなく追悼できる施設がないことがある。

 2002年に当時の福田康夫官房長官の私的懇談会が無宗教で国立の追悼施設の必要性を提言したが、たなざらしとなっている。

 さまざまな人々の思いをくみ取った追悼のあり方を積極的に見いだしていくべきであろう。

どうしん電子版のご案内
北海道新聞 購読の申し込みはこちらから
新聞配達スタッフ募集
ページの先頭へ戻る