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<書評>原爆

石井光太著

広島復興に尽力 4人の貢献者
評 高瀬毅(ノンフィクション作家)

 貧困や飢餓、死の現場など独自のフィールドから力強い作品を送り出してきた著者が広島の「原爆」を書いた。膨大な先行書のあるテーマになぜいま取り組んだのか。項を繰るまでは正直そんな思いが消えなかった。

 抑制の効いた筆致で描くのは、広島の戦後復興に大きな功績のあった4人の人物と仕事だ。

 鉱物の研究者として、残留放射能のある市内で、原爆症になりながら石やガラスを集めつづけた長岡省吾。収集した被爆資料は、家の中だけでは収まらず、屋外にまで溢(あふ)れた。これがいまの広島平和記念資料館建設の第一歩へとつながっていく。

 広島市長を4期務めた浜井信三。平和記念都市建設法制定、平和記念公園、資料館、平和大通り、原爆スラムの区画整理、原爆ドームの保存工事など広島を象徴する仕事は浜井なしにはあり得なかったと言われる。

 日本の代表的建築家、丹下健三。若いころは芽が出ず、背水の陣で臨んだのが復興事業のコンペで資料館とアーチ型の慰霊碑、その延長線上に原爆ドームを捉えた平和記念公園を設計。これが丹下の名を世界に知らしめることになる。時に36歳。

 高橋昭博。歴代の資料館館長の中でも、旺盛な発信力で生前つとに名が知られていた。原爆で体中に火傷(やけど)を負い、肘の関節は120度曲がり、右手人さし指からは絶えずどす黒い爪が生えた。原水禁運動への関わりが、人生の展望を開いていく。

 長岡、浜井、丹下、高橋。それぞれの人生が原爆を軸に織りなし、広島の復興がどのようになされていったのか次第に像を結んでいく。埋もれていた事実の数々が掘り起こされ、読み進むほどに、4人の人間性に心を動かされる。厚みのある群像ノンフィクションに仕上がった。

 最後に本書の執筆の動機が明かされる。若いころ親しかった1人の女性のある言葉が、著者の中に、「ヒロシマ」を現実味のあるものにしていったという。

 広島は、それと真摯(しんし)に向き合う者に、尽きることのない物語を差し出す場所なのだということを改めて思い知らされた。(集英社 1728円)

<略歴>
いしい・こうた 1977年生まれ。ノンフィクションを中心に、小説や児童書など幅広く執筆活動を行う

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