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<書評>戦争は犯罪である

小松隆二著

罪に向き合った末端の兵士
評 山村基毅(ルポライター)

 先ごろ亡くなった脚本家の橋本忍といえば、『羅生門』など黒沢明作品だけでなく、テレビでも意欲的な作品を発表し続けた。とくにテレビ草創期における『私は貝になりたい』は代表作のひとつである。

 二等兵として召集された主人公が、戦後、B級戦犯として死刑判決を受ける。彼の遺書中の一文がタイトルとなったのだが、命令に従っただけの一兵卒が、なぜ「死刑」とならねばならないのか。その問いかけが多くの人々に感銘を与えたのだ。

 この『私は貝になりたい』、後に、ある人物の文章をモチーフにしていることが判明。ドラマや映画においては「題名・遺書 加藤哲太郎」というクレジットが付されることになる。

 本書は、やはりBC級戦犯として死刑判決を受けた、この加藤哲太郎の人生をなぞりつつ、「私は貝になりたい」に象徴される、彼の「戦争観」を再検証した評伝である。

 加藤が最終的に配属されたのは新潟俘虜(ふりょ)収容所であった。敗戦時、収容所関係者は極刑に処されると聞き、逃亡生活を送ることになる。3年後に逮捕、そして死刑判決を受ける。後に減刑、釈放となるが、その10年間、加藤は獄中でひたすら戦争について考え続け、いくつもの論文、手記をまとめた。その中の「狂える戦犯死刑囚」に、あのフレーズが出てくる。《こんど生まれかわるならば、(中略)私は貝になりたいと思います。貝ならば(中略)兵隊にとられることもない。戦争もない》

 橋本忍の造形した「私は貝になりたい」は、BC級戦犯で死刑となる主人公を「無辜(むこ)(罪がない)の民」と描き、感動を与えた。しかし、加藤の「私は貝になりたい」は多少趣が異なる。「戦争は犯罪である」として、末端の兵士である「私」もまた決して「無辜」ではありえないという。では、どう罪を意識するのか。そのことを問うのだ。

 私たちが寄り添うべきは加藤哲太郎の突き詰めた思考の道筋だろう。一人一人が「戦争」と対峙(たいじ)しなくては、平和など画餅(がべい)に終わってしまいかねないのだ。(春秋社 2160円)

<略歴>
こまつ・りゅうじ 1938年生まれ。慶応大名誉教授。著書に「大正自由人物語」など

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