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<書評>はじめての沖縄

岸政彦著

複雑な歴史語る声 丁寧に紡ぐ
評 山家悠平(女性史研究家)

 桃色のサガリバナが美しい初夏の那覇でこの本を読んだ。これはあたらしい沖縄についての語りだと感じた。著者は沖縄の戦後を研究する社会学者であるが、専門的な研究書ではなく、20年来の沖縄とのかかわりを個人的な体験を中心につづったものである。占領者である米軍の基地を沖縄に押しつけている「ナイチャー(沖縄以外の都道府県の人)」という自分自身の立場を思考の原点にしながら、沖縄で見た光景や、そこで生まれ育った人たちのさまざまな語りを記述してゆく。

 泊の大衆食堂では、泡盛を飲みながら春の長い午後を過ごす老人たちを羨望(せんぼう)のまなざしで眺め、タクシーに乗れば、信号待ちの時間で紙ナプキンを縒(よ)り小さなバレリーナをつくる運転手に感心し、沖縄戦を生きのびた人たちの語りに静かに耳を傾ける。まるでたくさんの生きた声が響いているようだ。そこに浮かびあがってくるのは、複雑な歴史を抱えながら日常を生き抜いてきた沖縄の人びとの姿である。

 最も印象的だったのは、感情を伝える言葉のやわらかさである。あるとき著者は大学の実習で学生を連れてコザの街を訪れ、沖縄を解放した、と言う海兵隊の若い兵士たちとけんか腰の口論になるが、最後にはメールアドレスを交換して別れる。「もう彼らの名前も忘れてしまったが、いまも元気でいるといいと思う。どこか知らない国の、どこか知らない砂漠で、虫けらのように吹き飛ばされていないといいと思う」。そんな自然な言葉が胸に響く。一人一人の人間の生に思いをはせることは、軍事施設である基地を否定する論理ともつながっているだろう。

 亜熱帯の自然と陽気な人びとといった観光文化のなかで再生産され続ける脱歴史化された沖縄のイメージに抗して、その土地に生きる人間の声を聞き、考え、書く。丁寧に紡がれる言葉と静かに繰り返される問いが共鳴して、沖縄という場所を、ひとを、語り始める。何回も何回も読み返したくなる。(新曜社 1404円)

<略歴>
きし・まさひこ 1967年生まれ。社会学者。著書に「断片的なものの社会学」など

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