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被爆体験の継承 核なき世界に不可欠だ

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 「2人は、戦争や被爆の体験がない人たちが道を間違えてしまうことを強く心配していました」

 長崎原爆の日のきのう、長崎市の田上富久市長は平和宣言で、昨年相次いで亡くなった土山秀夫さんと谷口稜曄(すみてる)さんを悼んだ。

 ともに長年、核廃絶運動をけん引した被爆者である。土山さんは元長崎大学長、谷口さんは背中一面に大やけどを負い、「赤い背中の少年」の写真で知られる。

 心身に深い傷を負った被爆者が世界の人たちに核兵器の非人道性を訴えてきた。それが3度目の原爆投下を阻んできたと言える。

 だが、被爆者の平均年齢は82歳を超えた。

 「長崎を最後の被爆地」にするには、被爆体験の継承が不可欠だ。核廃絶が実現するまで、体験を風化させるわけにはいかない。

 長崎市の原田小鈴(こすず)さん(43)は、祖父の故山口彊(つとむ)さんの被爆体験を、紙芝居を使って伝えている。

 山口さんは出張先の広島で被爆し、故郷の長崎に戻って再び原爆に遭った「二重被爆者」だ。

 山口さんが2010年に93歳で亡くなった翌年から、原田さんが証言活動を引き継いでいる。

 当初、被爆者本人と違って「被爆3世の言葉には重みがない」と指摘する人もいた。だが最近は「継承がとても大事ですね」と言われるようになったという。

 今年から、原田さんの長男晋之介君(12)も、やはり紙芝居を使って曽祖父の体験を語っている。

 広島、長崎両市では被爆者の体験や思いを理解した上で、次世代に語り継ぐ「伝承者」の養成を急いでいる。

 道内の被爆者らでつくる北海道被爆者協会も昨年、体験の継承などのために被爆2世を中心とした組織をつくった。こうした取り組みを支援していく必要がある。

 国は本年度から、広島、長崎の伝承者を他の都道府県や海外に派遣する際、交通費などを負担する事業を始めた。

 被爆者、被爆地任せにならぬよう、唯一の戦争被爆国として、より積極的な役割を果たしていかなければならない。

 長崎の式典には国連トップとして初めてグテレス事務総長が出席した。田上市長は日本政府に核兵器禁止条約への賛同を迫り、グテレス氏は条約の意義に言及した。

 これに対して安倍晋三首相は広島での式典とほぼ同内容のあいさつをし、条約には一言も触れなかった。首相自ら、まず被爆者の声を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。

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