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取り調べ映像 可視化の目的 再認識を

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 刑事裁判において、犯行を「自白」した映像に寄りかかって判断するのは危うい―。

 録音・録画(可視化)された取り調べ映像について、こう警鐘を鳴らした判決と言えよう。

 栃木の小1女児殺害事件で、東京高裁が「(自白した)可視化の映像を根拠に犯罪認定したのは違法」と一審判決を破棄した。

 そのうえで、いくつかの状況証拠などから被告が犯人だと認められるとして、量刑は一審と同じ無期懲役を言い渡した。

 取り調べの録画は、自白が本人の意思に基づくかどうかという「任意性」を判断するにとどめ、犯罪自体を証明する「実質証拠」にすべきではない。

 高裁の判決を司法全体への問題提起ととらえ、可視化映像の扱い方に関する議論を深めたい。

 被告は捜査段階で殺害を自白したものの、公判では一貫して無罪を主張した。客観的な証拠が乏しい中で、一、二審を通じて自白の信用性が大きな焦点だった。

 宇都宮地裁の裁判員裁判は、状況証拠だけでは犯人と認定できないとしつつ、取り調べの録画をもとに「自白には具体性や迫真性があり、十分に信用できる」と判断して有罪を導いている。

 一方、東京高裁は、映像で自白の信用性を見極めることは「主観に左右され、印象に基づく判断となる可能性があり、強い疑問がある」と、一審判決を批判した。

 確かに映像が一審に強い影響を与えた点は否めまい。実際、裁判員らは録画が自分の判断を決定付けたと振り返っている。

 裁判員裁判の結論は最大限尊重すべきだが、自白には、その内容が真実かどうかの多角的な検証が不可欠だ。

 状況証拠を柱とする高裁判決に弁護団は反発しており、上告審の争点になろう。

 気がかりなのは、最高検が取り調べの録画を、実質証拠として積極的に法廷に出す方針を示していることだ。

 検察に都合のいい場面が恣意(しい)的に使われる懸念がある。

 高裁が強調した映像に頼らぬ犯罪認定を忘れてはならない。

 可視化の導入は、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件を教訓に、自白の強要や誘導を排除し、捜査の適正化を図ることが目的だったはずである。

 そうした経緯を顧みず、立証の「切り札」にしようとするのは本末転倒だ。検察は高裁判決を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。

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