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<訪問>「新にっぽん奥地紀行」を書いた 芦原伸(あしはら・しん)さん

英作家の旅 鉄道で追体験

 「開国」まもない明治の日本に、ひとりの紀行作家が英国からやって来た。その旅の記録は「日本奥地紀行」という名作を生んだ。

 1878年(明治11年)に来日したイザベラ・バードは、横浜から東京、日光東照宮、会津、新潟、米沢盆地を巡り、羽州(うしゅう)街道を通って北海道へ。その距離1400キロに上る。

 2カ月に及んだ辺境の旅を、140年後、著者は鉄道でたどった。「彼女が馬上などから目にした風景を味わいながら追体験したかった。それにはローカル線のリズムが一番合っていると思ったんです」

 47歳だったバードの旅は困難を極めた。馬小屋のような宿、けもの道に近い悪路、粗食にも耐えた。だが、最初は辛辣(しんらつ)だったバードの記述も、日本人の良さを発見することで次第に変わっていく。

 疲れ切ったバードを見た少女は懸命にうちわであおいでくれる。チップを渡すと、受け取らない。好意に対する金銭の授受は不徳と考えられていた。貧しくも人々は優しく、礼節を忘れなかった。家庭では子供を大切にし、笑い声が絶えない―。

 著者は列車を途中下車してバードゆかりの場所や宿を訪れた。山形の温泉街では旅館の若おかみの言葉が印象に残った。バードの「大ファン」といい、「その勇気や情熱はすごい。つらいことがあるとバードの作品を読み返します」と語った。

 バードの紀行が今も色あせない理由は、「一つには自然への鋭い観察眼にある」。植生や渓谷のたたずまい、水の流れなど、当時のままの風景があちこちにあった。

 大英帝国が絶頂期だった時代を生きたバード。「当初は日本は野蛮国という意識があったと思う。それが都市やへき地での文化の隔たりのなさや、日本人の穏やかな心を知るにつれ、見る目も変わった」。最後は北海道でアイヌ民族に出会い、その自然な優美さをたたえ、愛した。

 東京都在住の72歳。北大文学部で学び、五木寛之の小説「青年は荒野をめざす」を愛読した。旅に目覚め、国鉄時代の釧路駅を仮宿にしていた時、駅員から「アルバイトあるよ」と紹介され、牧場で半年働いた。

 雑誌「旅と鉄道」名誉編集長で紀行作家として活躍する。著作「被災鉄道」は、東日本大震災の発生時、走行中の鉄道で乗客・乗員に死傷者が出なかった“奇跡”を取材した。

 今年は明治維新から150年。「バードの作品で描かれた明治の人々の姿から、私たちが失ったものが見えてくる。成熟した現代の日本人が学ぶべきことは少なくない」

編集委員 伴野昭人

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