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<書評>飛ぶ孔雀

山尾悠子著

想像力広がる幻想世界
評 横尾和博(文芸評論家)

 不思議な小説だ。一貫したストーリーはない。一応Ⅰ部とⅡ部に分かれ、それぞれに小分けされた章はあるが、エピソードを重ねていく手法、オムニバス映画のようだ。ただ最後まで読むとメビウスの環のように、だんだんと登場人物が重なって無限の繰り返しの様相を示す。とは言っても人物たちへの感情移入はできず読者は戸惑う。

 まず冒頭は「シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった」の1行から始まる。なぜ火は燃えにくくなったのか。石切り場の事故とは何か。謎は謎のままで解き明かされず、最後になってもわからない。また年代や場所も不明だ。神戸にシブレ山という場所はあるが、作品とは異なるようだ。そして燃えにくい火、電気や明かりなどがモチーフとして緩くつながっている。

 圧巻はⅠ部「飛ぶ孔雀(くじゃく)」の中で火を運ぶ少女を飛ぶ孔雀が襲う話や、Ⅱ部「不燃性について」の路面電車の女運転士とKという男の地下巡りや、大蛇が蠢(うごめ)く気配である。

 本書の特徴はひとつのフレーズが詩であり、段落がシュールレアリスムの絵のような点だ。リアリズムの小説に慣れた読者からは難解で異端にみられる。だが文学の本質は「幻想」である。幻想とは奇妙奇天烈の意味ではなく、人の意識や観念と置き換えてもよい。提示された言葉やイメージから連想する自由が読者に与えられる。リアリズムではないことで、想像力の許容度が広がるのだ。本書は脈絡のない夢の世界のようであり、光と闇の二元的世界、地獄巡りのような地下世界など著者固有の美的世界を遺憾なく発揮した作品である。

 著者は寡作で1970年代半ばにデビューしたが、作品が発表されない期間が長く、伝説の作家と呼ばれることもあった。本書も8年ぶりである。言葉の背後にある無意識の何たるかを、深く感受しているがゆえに、沈黙の期間も長かったのだ。難解とは褒め言葉の別称。今後も妖しい作品に期待大である。(文芸春秋 2160円)

<略歴>
やまお・ゆうこ 1955年生まれ。75年「仮面舞踏会」でデビュー

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