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<書評>ありがとうもごめんなさいもいらない 森の民と暮らして人類学者が考えたこと

奥野克巳著

「もうひとつの世界」の日常
評 竹内正浩(文筆家)

 もし感謝や謝罪の概念が存在しないといわれたら、どんな世界を想像するだろうか。いや、フィクションではないのだ。ボルネオ島に暮らす狩猟採集民のプナンがまさにそうなのである。

 文化人類学者の著者は、プナンの村を訪れ、2006年に約1年間滞在し、以後も年2回の割で通い、これまで通算約600日行動を共にしてきた。

 著者は、プナンのフィールドに入って行くことは、現代日本の日常の世界から、「もうひとつの生ある世界に浸りに行くことに他ならない」という。それほど両者の間には差があるということなのだろう。

 はたしてプナンの生活・文化には驚かされる。狩猟民でありながら、方位・方角を示す言葉がない。獲物がない時は何日も食べられないかわり、獲物が手に入った時は寝ては食べを繰り返し、日に4度も5度も食べつづける。きまった便所はなく、糞便(ふんべん)・放屁(ほうひ)の内容や臭いをてらいなく品評。赤ん坊のおしめはなく、便や汚れた肛門は飼い犬がきれいに舐(な)め尽くす……。

 プナンの人々を通して、我々(われわれ)が「当たり前」あるいは「人類普遍」と思っている概念がそうでないことが明らかにされていく。

 それは単に物質的な生活様式を意味するのではない。たとえば、所有や独占欲がなく、惜しげなく財を分け与える彼らに、貸し借りという考えはない。だから借りても返さず、物をもらっても感謝しない。さらに謝罪、反省の概念も存在しない。過去や未来の感覚も曖昧模糊(あいまいもこ)としている。墓はなく、死んだ人間の持ち物は焼かれ、残された家族や親族が名前を変える。

 本書は、現地の貴重な記録であるとともに、著者の思索が色濃くにじんだエッセーでもある。著者のいうとおり、どちらかが正しくてどちらかが間違っているということではないのだろう。「未開から学ぶ」ことの大切さを、あらためて考えさせられた。(亜紀書房 1944円)

<略歴>
おくの・かつみ 1962年生まれ。立教大異文化コミュニケーション学部教授。著書に「帝国医療と人類学」など

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