PR
PR

東大OB2人 それぞれの道<長谷川 裕詞>

 昨年のドラフト会議で、7位に指名され、ファイターズに入団した東大野球部出身の宮台康平投手。まだ1軍登板はありませんが、私が注目する選手です。今回は宮台投手と、同じ東大の先輩の元投手で、現在はゼネラルマネジャー補佐としてファイターズの球団運営の中枢を担っている遠藤良平さんを紹介します。

 今年の北海道日本ハムファイターズオフィシャルガイドブックには、宮台投手と遠藤さんの対談「壮大なチャレンジへの志」が掲載されています。遠藤さんが「東大野球部というのは、相当分の悪い勝負に時間とエネルギーを費やしている人の集まりですから」と話すと、宮台投手は「六大学の他チームと実力で比べれば劣っているし、分の悪い勝負というのは頭の中では分かっているけど、勝たなければいけない。そういう辛(つら)さはずっとありました」と応じています。興味深い話です。

 私が2人に関心を持ったのは、最難関大学出身ということだけではありません。東大野球部員は2015年から、夏の沖縄キャンプ中に糸満市・平和祈念公園内の「島守の塔」を参拝しています。ここには、東大野球部OBで沖縄県最後の官選知事だった島田叡(あきら)氏の名前が刻まれています。

 島田氏は戦中、戦況が悪化する中、沖縄にとどまり、最後まで県民を守ろうとした人です。部員に島田氏の覚悟を学んでもらい、戦争のない時代に野球ができる幸せをかみしめてほしい―。参拝は、野球部スタッフのそんな願いが込められていると私は思います。

 一方で私は、宮台投手の18年先輩の遠藤さんに話を聞き、遠藤さんが所属していた頃の野球部の指導の様子を尋ねました。すると「監督にもコーチにも何も言われませんでした。大人扱いされていました」との答え。練習メニューを自分でつくるなど、自主性が重んじられていたそうです。

 平和を願った大先輩。そして個人が尊重され、伸び伸びとプレーした後輩たち。そこに東大の伝統のようなものを感じました。

 遠藤さんは、宮台投手について「純粋に活躍してほしい。活躍して、いろいろな自分の思いを発信できる存在になってほしい」とエールを送ります。

 宮台投手が選手で活躍するのも楽しみですが、20、30年後にどんな形で野球界、スポーツ界に関わっていくのか。考えるだけでもワクワクしてきます。プロ選手になった後、球団運営に関わって活躍する遠藤さんの姿を見て、つくづくそう思います。(私設応援組織「日本ハムファイターズ応援作戦会議」代表)

どうしん電子版のご案内
北海道新聞 購読の申し込みはこちらから
新聞配達スタッフ募集
試合速報・結果
  • プロ野球
  • Jリーグ
  • サッカー代表
  • 大相撲
  • 甲子園
  • ゴルフ
  • 大リーグ
  • Bリーグ
スポーツ情報メガ盛り メガスポ
ページの先頭へ戻る